「短い時間じゃ意味がない」そう思っていた私が、スキマ時間で上達する鍵を見つけた話
「まとまった時間が取れない」という悩み
社会人になって、学生時代のように楽器の練習に時間をかけられなくなりました。仕事から疲れて帰宅すると、もう夜も遅く、「さあ、練習するぞ」という気持ちになれない日が増えたのです。土日もなんだかんだと用事が入ったり、休息にあてたい気持ちが勝ったりして、結局ほとんど練習できないまま一週間が終わる、ということが珍しくなくなりました。
周りの、時間があるように見える人たちの演奏を聴くと、その差は開くばかりのように感じられ、「ああ、自分はもう上手くなれないのかもしれない」「短い時間でちょこっと練習したって、どうせ意味がない」と、半ば諦めのような気持ちを抱くようになりました。コンプレックスの塊のような状態です。楽器に触るのが、楽しいというより、罪悪感や焦りを感じる行為になっていったのです。
「意味がない」と思っていた時間の価値に気づく
そんな私が変われたきっかけは、ある日、ほんの15分だけ楽器に触ってみたことでした。その日は本当に疲れていて、練習なんてできる状態ではなかったのですが、「全く触らないよりはマシかな」と、軽い気持ちでスケール練習だけをしてみたのです。驚いたのは、たった15分でも、指の動きが少し滑らかになったように感じられたことでした。
これはもしかして、「まとまった時間がない」ことを言い訳にしていただけで、短い時間でもやり方次第で何か得られるものがあるのではないか?そう考えるようになったのです。
スキマ時間を「上達の鍵」に変える工夫
そこから、私の練習への向き合い方は大きく変わりました。「まとめて〇時間」ではなく、「いかに短い時間を有効に使うか」に焦点を当てるようになりました。具体的に試したこと、そして効果を感じたことはいくつかあります。
まず、「何をやるか」を明確に決めることです。以前は漫然と楽譜の最初から弾いたり、好きな曲を適当に弾いたりしていましたが、短い時間ではそれでは何も身につきません。15分なら「このフレーズの特定の指使いを完璧にする」、20分なら「苦手なスケールを正確に弾く」、30分なら「新しい曲の冒頭部分を音程・リズムともに正確にさらう」など、その時間で達成したい小さな目標を設定しました。これにより、練習中の集中力が格段に上がりました。
次に、「完璧主義を手放す」ことです。以前は少しでも間違えるとやり直していましたが、短い時間ではそれは非効率です。多少の間違いには目をつぶり、設定した目標を時間内にやりきることを優先しました。間違えた箇所は、次の練習で集中的に取り組む課題としてメモしておくようにしました。
さらに、練習の記録をつけるようにしました。これはモチベーション維持に非常に有効でした。「今日は15分だけだったけど、この難しかった箇所が少しスムーズになったな」という小さな進歩を実感できるようになり、「短い時間でも無駄じゃないんだ」と自信につながりました。練習時間そのものだけでなく、その内容と簡単な感想を記録することで、自分が何にどれくらい時間をかけ、どのような成果があったのかを客観的に把握できるようになりました。
また、練習環境を整えることも重要だと気づきました。すぐに楽器に触れるようにしておく、楽譜や必要なものをすぐ手に取れる場所に置くなど、練習開始までのハードルを下げる工夫です。スマホの通知を切るなど、短い時間でも集中を妨げられないようにする配慮もしました。
短い時間の積み重ねがもたらしたもの
これらの工夫を続けるうちに、私の演奏は少しずつではありますが、確実に変化していきました。特に、これまで避けがちだった基礎練習や苦手箇所の練習を、短い時間で集中的に行うようになったことで、以前はスムーズに弾けなかったパッセージが弾けるようになったり、音色が安定したりといった具体的な成果を感じられるようになりました。
そして、技術的な変化以上に大きかったのは、私の内面的な変化です。「どうせ時間がないから」「短い時間じゃ意味がない」というネガティブな思い込みが消え、「たとえ少しでも、やればちゃんと変われるんだ」というポジティブな自己認識が生まれたのです。これは、演奏だけでなく、仕事や他のことに対する自信にもつながりました。
かつて抱いていた「他の人はもっとたくさん練習しているのに…」という他人との比較から生まれたコンプレックスも、「自分は限られた時間で、これだけ工夫してやっているんだ」という努力の過程に目を向けられるようになったことで、少しずつ薄れていきました。量ではなく、質、そして自分自身の努力に価値を見出せるようになったのです。
演奏との新たな関係
短い時間でも質の高い練習ができるという発見は、私にとって大きな転換点でした。練習時間がないことを諦める理由にするのではなく、短い時間だからこそ「何を最も効率的に行うか」を深く考える習慣が身につきました。これは、演奏の質を高めるだけでなく、日々の生活における問題解決能力にも良い影響を与えているように感じています。
もしあなたが、私と同じように「時間がないから上達できない」「短い時間での練習は無駄だ」と考えてしまっているなら、ぜひ一度、その考え方を少し変えてみてほしいと思います。たとえ15分でも、30分でも、目的意識を持って集中して取り組めば、得られるものは必ずあります。そして、その小さな積み重ねが、あなたの演奏だけでなく、自分自身への信頼をも大きく変えてくれるはずです。
時間は「ある」か「ない」かではなく、いかに「使う」か。「短い時間じゃ意味がない」という思い込みを乗り越えた先に、演奏との新たな、そしてもっと豊かな関係が待っています。