録音・録画に抵抗があった私が、セルフチェック習慣で演奏を変えた話
自分の演奏を「聞く」「見る」のが怖かった日々
演奏を始めたばかりの頃は、自分の音を客観的に聞くという習慣がありませんでした。それどころか、自分の演奏を録音したり、ましてや録画したりすることは、なんだか気恥ずかしくて、少し抵抗がありました。
「きっと、下手な部分ばかりが目につくだろうな」 「想像している音と違ったらどうしよう」
そんな不安が常にありました。特に、他の人の素晴らしい演奏を聴いた後などは、自分の演奏を聞くのがさらに怖くなります。「自分はなんて下手なんだ」と落ち込んでしまうことが分かっていたからです。そのため、練習はひたすら楽譜を追いかけ、指を動かすことだけに集中し、自分の音そのものと真剣に向き合うことから逃げていたように思います。
この「聞きたくない」「見たくない」という気持ちは、自分の演奏に対する漠然としたコンプレックスの裏返しでした。上達している実感も薄く、「これで合っているのだろうか」「どこを改善すれば良いのだろうか」という疑問ばかりが募り、練習しても空回りしているような感覚から抜け出せずにいました。これが、私の演奏における停滞期だったように感じます。
客観視から逃げていたことのデメリット
自分の演奏を客観視しないまま練習を続けることには、明確なデメリットがありました。一番は、自分の弱点に気づきにくいことです。例えば、リズムの揺れや音程のズレ、フレーズのニュアついていない部分など、演奏している最中は気づきにくいミスや課題がたくさんあります。
また、体の使い方や姿勢など、視覚的な情報も演奏には大きく影響します。力が入りすぎていないか、無理なフォームになっていないかなどは、自分ではなかなか分かりません。こうした点に気づけないまま練習を続けても、根本的な改善には繋がりません。
さらに、漠然とした不安感はモチベーションの低下にも繋がります。「本当に上達しているのだろうか」「このまま練習を続けて意味があるのだろうか」といった疑念が頭をよぎるようになり、演奏に対する情熱が少しずつ冷めていくのを感じていました。
小さな一歩、録音・録画を「情報収集」として捉え直す
この状況を変えたいと思ったきっかけは、ある日、尊敬する演奏家の方が「練習の際は必ず自分の音を録音している」と話していたのを聞いたことでした。その方は、録音を「ダメ出し」のためではなく、「自分の演奏を分析するための大切な情報源」として捉えているとおっしゃっていました。
この言葉に、少しだけ勇気をもらいました。私の録音に対する抵抗感は、「評価される」という意識から来るものだったのかもしれない。これを「情報収集」として、あくまで自分の演奏をより良くするためのデータとして捉え直してみよう、そう考えたのです。
まずは、手持ちのスマートフォンのボイスレコーダー機能を使って、短いフレーズだけを録音することから始めました。最初はやはり、自分の下手な部分に耳を塞ぎたくなりました。しかし、「これは分析のためのデータだ」と自分に言い聞かせ、感情的にならずに聞く練習をしました。
次に、全身が映るようにスマホを固定し、短いパートを録画してみました。音だけでなく、自分の体の動きや姿勢を初めて客観的に見ることができました。そこで初めて、自分がどれだけ首や肩に力が入っているか、指の動きに無駄が多いかなどに気づくことができたのです。
録音・録画が教えてくれたこと、そして変化
録音・録画を習慣にしていくうちに、いくつかの大切なことを学びました。
まず、自分の演奏を感情ではなく、データとして聞く耳が養われたことです。「ここはリズムが走っている」「ここの音程が不安定だ」という具体的な事実に冷静に向き合えるようになりました。そして、それにどう対処するかを考えるプロセスが生まれました。
次に、改善点が明確になったことです。漠然とした不安は、「リズム練習が必要」「特定の指使いを見直そう」といった具体的な課題へと変わりました。これにより、日々の練習に明確な目的意識が生まれ、何のための練習なのかが分かりやすくなりました。
そして、小さな変化に気づけるようになったことです。継続的に録音していると、数週間前、数ヶ月前の演奏と聞き比べることができます。そうすると、以前は気づかなかった細かな改善や成長が見える瞬間があります。この小さな成功体験の積み重ねが、大きな自信に繋がりました。
さらに、録画によって体の使い方の癖や力みにも気づけるようになりました。意識的に体の使い方を改善する練習を取り入れたことで、以前よりも楽に、そしてスムーズに指が動くようになったと感じています。
演奏が変わった、そして自分が変わった
録音・録画によるセルフチェックが習慣になってから、私の演奏は明らかに変わりました。技術的な精度が上がったことはもちろんですが、それ以上に、自分の音に対する自信が生まれました。自分の演奏の「良いところ」と「改善すべきところ」を自分で理解し、受け入れられるようになったからです。
かつては「下手な部分を見たくない」というネガティブな気持ちから逃げていましたが、今は「自分の演奏をより良くするための情報」として、積極的に自分の音や姿と向き合えるようになりました。これは、演奏だけでなく、他の物事に対する向き合い方にも良い影響を与えています。課題から目を背けるのではなく、まずは現状を冷静に把握し、分析し、改善策を考える。このプロセスが、仕事や日常生活における問題解決にも役立っていると感じています。
もし、かつての私のように、自分の演奏を客観的に見る・聞くことに抵抗を感じている方がいたら、ぜひ小さな一歩から試してみてください。最初はショックを受けるかもしれませんが、それはより良く変わるための大切な情報です。感情に囚われず、まずは「データ」として捉えてみること。そして、継続すること。
このセルフチェック習慣は、あなたの演奏を、そしてあなた自身を、より良い方向へと導いてくれるはずです。