「頑張ってるのに、なんか弾きにくい」演奏の「力み」を手放したら、もっと自由に弾けるようになった話
頑張っても報われないと感じていた演奏の悩み
仕事から帰宅し、疲れた体に鞭打って楽器に向かう。限られた時間で少しでも上達したいと、一生懸命練習に取り組んでいました。しかし、どれだけ時間をかけても、どうしてもスムーズに弾けないフレーズがあったり、思い描くような音が出せなかったり。特に、速いパッセージや細かい動きを弾こうとすると、指や腕が硬くなり、余計にぎこちなくなってしまうのです。
周りの経験豊富な演奏者や、SNSで見る才能あふれる若手と比べては、「自分にはセンスがない」「努力しても、生まれ持った才能には勝てないのか」と、深く落ち込むこともありました。頑張っているのに、その努力が演奏に結びつかない。まるで、空回りしているような感覚でした。この「なんか弾きにくい」「すぐ疲れてしまう」という漠然とした感覚が、私の演奏に対する自信を少しずつ奪っていったのです。
「力み」という壁に気づくまで
長い間、この弾きにくさの原因が分からず、ただ「練習が足りないんだ」「集中力が足りないんだ」と考えていました。もっと頑張らなきゃ、とさらに身体に力を入れてしまう悪循環。当然、演奏はより硬くなり、音楽的な表現からは遠ざかっていきました。
そんなある日、参加したワークショップで、講師の方に「少し力みすぎているかもしれませんね」と優しく指摘されたことがありました。正直、最初はピンときませんでした。力を入れないと、正確に、速く弾けないのではないか、と思っていたからです。しかし、その場で簡単な脱力のワークを試してみると、ほんの少し意識を変えるだけで、驚くほど身体が楽になるのを感じました。
これが、私の演奏における「力み」という問題に正面から向き合うきっかけとなりました。これまでの私は、「頑張る=力を入れる」と無意識に思い込んでいたのかもしれません。必要なのは、力を入れることではなく、「適切な力で、効率的に身体を使うこと」なのだと、頭ではなく身体で理解し始めた瞬間でした。
力みと向き合い、手放していくための試み
力みに気づいてからも、すぐに改善できたわけではありません。長年染み付いた習慣は、簡単には変わりません。意識すると、かえって不自然になってしまうこともありました。それでも、以前のような空回り感を乗り越えたい一心で、様々な方法を試みました。
- 脱力を意識した基礎練習: ただスケールやアルペジオを弾くのではなく、「どこに力が入っているか」を常に身体に問いかけながら練習しました。特に、音の立ち上がりや終わり、フレーズ間の息継ぎ(管楽器の場合)、腕の重みを使う意識(弦楽器・鍵盤楽器の場合)などを重点的に見直しました。
- 身体の使い方の見直し: 演奏する時の姿勢、腕や指の角度、足の置き方など、身体全体の使い方を見直しました。鏡を見たり、スマートフォンの動画で自分の演奏を客観的に観察したりすることも有効でした。
- 呼吸との連携: 緊張すると呼吸が浅くなりがちです。深い呼吸を意識し、フレーズに合わせて自然な息遣いを心がけることで、身体全体の緊張が和らぐことを発見しました。
- 短い時間での集中: 長時間力みながら練習するのではなく、短い時間でも良いので、完全にリラックスして演奏する感覚を掴む練習を取り入れました。例えば、普段よりずっと遅いテンポで、身体のどこにも無駄な力が入っていないかを確認しながら弾く、といった方法です。
これらの試みは、最初は地味で効果が見えにくいものでしたが、続けるうちに少しずつ変化が現れ始めました。
演奏の変化、そして内面的な成長
力みを意識的に手放していくにつれて、私の演奏は驚くほど変わっていきました。
まず、音が変わりました。硬く詰まった音だったのが、響きのある、豊かな音色になったのです。身体が自由に使えるようになったことで、楽器が本来持っているポテンシャルを引き出せるようになったのだと感じました。
次に、演奏そのものが滑らかになりました。速いパッセージも、以前のように力任せに弾くのではなく、身体の自然な動きに任せることで、無理なく、そして表現豊かに演奏できるようになりました。長時間練習しても疲れにくくなったことも、大きな変化でした。
そして何より、演奏に対する自分の心が大きく変わりました。以前は「上手く弾かなきゃ」「ミスしないように」という緊張感や義務感が強かったのですが、力みを減らしていく過程で、「どうすればもっと心地よく身体を使えるか」「どうすればもっと自然な音が出せるか」というように、自分の内側や音そのものに意識が向かうようになったのです。他人との比較から離れ、自分の身体や楽器との対話に集中できるようになると、演奏が本来持っている「楽しさ」や「探求する喜び」を改めて感じられるようになりました。
演奏は、自分自身との向き合い
「頑張ってるのに、なんか弾きにくい」「練習しても成果が出ない」と悩んでいるなら、それは単に練習量が足りないからではなく、身体の使い方や「力み」が原因かもしれません。もしそうだとすれば、根性論でさらに力を入れるのではなく、一度立ち止まって自分の身体の声に耳を傾けてみる価値はあると思います。
演奏における「力み」を手放す過程は、自分の中の無駄な力や固定観念を手放していく過程でもありました。「力を抜く」ことは、決して「気を抜く」ことや「楽をする」ことではありません。それは、本当に必要な力だけを使い、自分自身と楽器が最も自然で心地よい状態で響き合うことを目指すプロセスです。
演奏を通して「力み」という自分自身の癖に気づき、それと向き合い、そして手放していくことで、私は演奏そのものだけでなく、自分自身の内面にも変化をもたらすことができました。演奏が、単なる技術の習得から、自分自身を深く理解し、より自由に、心地よく生きていくための大切なツールへと変わったのです。もしあなたが今、演奏で同じような壁にぶつかっているなら、視点を変えて「身体」や「力み」に意識を向けてみてください。そこから、あなたの演奏、そしてあなた自身が大きく変わる可能性が見つかるかもしれません。