発表の場がなくても、私は演奏を続けられた。「誰のためでもない練習」で見つけた大切なもの
演奏の「目的」を見失いかけた日々
楽器を演奏することは、多くの場合、誰かに聴かせたり、一緒に音を奏でたりする機会と結びついています。発表会、ライブ、アンサンブル、試験…。そうした場が、目標となり、練習のモチベーションの源となることも少なくありません。
学生の頃は、定期的に訪れる発表会や、仲間との練習機会があり、自然と練習のペースも定まりました。しかし、社会人になり、演奏活動から一度離れた後、再び楽器を手にしたとき、私は新たな壁にぶつかりました。それは、「発表の場がない」という状況でした。
特に目標とするコンサートがあるわけでもなく、気軽に音を合わせられる仲間もいない。「何のために、こんなに一生懸命練習しているんだろう?」という疑問が、頭をもたげるようになったのです。
誰に聴かせるわけでもない孤独な練習
一人きりの練習室や自宅で、黙々と楽器と向き合う時間。それは、自分自身の音と深く対話できる貴重な時間であるはずでした。しかし、発表という明確なゴールがない状態では、練習は時に単調で、孤独な作業に感じられました。
もちろん、技術的な課題は山積しています。「もっと速く指が動くように」「あのフレーズを滑らかに」「もっと豊かな音色で」。取り組むべきことは分かっていても、その成果を誰かに示したり、共有したりする機会がないと思うと、どうしてもモチベーションが保ちにくくなりました。
SNSで他の演奏者の素晴らしい演奏動画を見るたびに、「自分はこんなに頑張っているのに、どうしてこんなに差があるんだろう」「この練習に、本当に意味があるのだろうか」と、不安や焦りを感じることも増えました。他人との比較に加え、「誰のためでもない練習」という感覚が、私から演奏の喜びを少しずつ奪っていくように感じられました。
「自分自身のため」の練習へのシフト
この「目的の見えない練習」から抜け出すため、私は考え方を変える必要に迫られました。練習のモチベーションを「誰かの評価」や「具体的な発表の場」に依存させるのではなく、「自分自身」の中に見つけようと意識を変えたのです。
これは、「上達を目指さない」ということではありません。むしろ、より深く、自分自身の演奏と向き合うということです。
まず、私は「完璧に弾く」という目標を一度脇に置きました。代わりに、「今日の練習では、このパッセージの音色を少しでも理想に近づける」「この部分の間の取り方をいくつか試してみる」といった、より内面的で、自分自身の感覚に焦点を当てた小さな目標を設定するようにしました。
また、練習時間全てを「課題曲を仕上げる」ために使うのではなく、自由に音を出してみたり、好きな曲を耳コピしてみたりと、「音楽そのものを楽しむ」時間も意識的に作るようにしました。
音と、自分自身との対話
誰かに聴かせることが目的ではない練習は、他人の評価を気にすることなく、純粋に「音」と向き合う時間へと変化していきました。この音は、本当に自分の出したい音なのだろうか。この表現で、自分自身は何を感じているのだろうか。そう問いかけながら演奏することで、一つ一つの音に対する意識が研ぎ澄まされていくのを感じました。
また、定期的に自分の演奏を録音して聴き返す習慣をつけました。以前は「自分の演奏を聴くのが苦手」でしたが、誰かの評価のためではなく、純粋に自分の音を客観的に知るための行為だと捉え直すことで、抵抗感が薄れました。録音された音源は、自分自身の成長を記録する大切な証となりました。他人との比較ではなく、過去の自分との比較です。少しでも音が変わっていたり、表現が深まっていたりすると、それが大きな励みになったのです。
演奏が自分自身を支えるものに
発表の場がない中で「誰のためでもない練習」を続けることは、一見すると無意味に思えるかもしれません。しかし、この経験を通して、私は演奏が自分自身にとってどれほど大切なものなのかを再認識しました。
演奏は、誰かに評価されるためだけにあるのではありません。自分の内面と向き合い、感情を表現し、技術を磨く過程そのものが、自分自身を成長させ、心を豊かにしてくれます。そして、日々の練習で生まれる小さな発見や喜びが、自分自身の存在を肯定してくれるように感じられるようになりました。
「誰のためでもない練習」は、最終的には「自分自身を成長させ、満たすための練習」だったのです。
もし今、あなたが発表の機会がなく、練習のモチベーションを見失いかけているとしたら。ぜひ、「誰かのため」「評価のため」という視点から一度離れて、自分自身の音、自分自身の感覚とじっくり向き合う時間を作ってみてください。練習そのものを目的とし、その過程で得られる内面的な変化や、自分自身の成長を大切にしてみてください。
きっと、演奏は、あなたの人生をより豊かに、そしてあなた自身をより強く支えてくれる存在になるはずです。