#演奏で変わった私

「耳コピなんて無理」そう思っていた私が、音の解像度を上げて演奏が変わった話

Tags: 耳コピ, 聴く力, 練習方法, 表現力, コンプレックス

楽譜通りには弾けるけれど、その先が見えなかった過去

私は長年、楽譜に書かれた音符を正確に追いかけることに集中して演奏してきました。特にクラシックや吹奏楽を経験してきた方なら共感していただけるかもしれませんが、「楽譜通りに弾くこと=良い演奏」という意識が強かったように思います。テンポ、強弱記号、アーティキュレーション。これらを忠実に再現できれば、一応形にはなりますし、アンサンブルでも浮くことはありません。

しかし、どこかで物足りなさも感じていました。特にジャズやポップス、バンド活動に触れる中で、楽譜には書かれていないニュアンスや、奏者自身の個性、アドリブといった要素が、演奏の魅力を大きく左右することを知ったのです。

「あの人みたいに、自由自在に音を操れたら」「楽譜がなくても、好きな曲をすぐに弾けたら」

そんな憧れを抱く一方で、「私には無理だろうな」と諦めていました。特に「耳コピ」は、自分とは全く縁のない、特別な才能を持った人だけができるものだと決めつけていたのです。音楽理論にも苦手意識があり、「感覚で音を聴き分けるなんて、自分には絶対にできない」というコンプレックスが、心の中に深く根付いていました。

「耳コピなんて無理」を疑ってみることから始まった変化

この「耳コピなんて無理」という頑なな思い込みが揺らぎ始めたのは、とあるライブで、プロのミュージシャンがMCで話していたことがきっかけです。「私たちは特別な耳を持っているわけではありません。ひたすら音を『分解』して、それを楽器で『再現』する練習を繰り返しただけなんです」という言葉が、妙に心に残りました。

「分解?再現?」

才能ではなく、「分解」して「再現」するという具体的なプロセスを聞いて、もしかしたらこれは訓練可能なスキルなのではないか?と、初めて可能性を感じたのです。

それから、まずは簡単な単音や短いフレーズから、耳で聴き取って楽器で探してみる、という練習を始めました。最初は本当に全く分かりませんでした。音がすぐに消えてしまうと、何の音だったか思い出せない。半音や全音の区別も曖昧で、ひたすら鍵盤やフレットを行ったり来ったり。すぐに壁にぶつかり、「やっぱり自分には無理だ」と諦めそうになりました。

音の「解像度」を上げるための具体的なステップ

それでも、あのミュージシャンの言葉と、楽譜だけでは到達できない演奏への憧れを胸に、試行錯誤を続けました。いくつか効果的だったと感じるアプローチがあります。

  1. 「歌う」ことから始める: いきなり楽器で探すのではなく、まずは聴こえてきたメロディーを正確に声に出して歌ってみる練習を取り入れました。これは、楽器で探すよりもハードルが低く、音程を意識する良い訓練になりました。
  2. 短いフレーズに集中: 曲全体を一度に聴き取ろうとせず、最初の数音、区切りの良い短いフレーズに絞って繰り返し聴きました。スマートフォンのアプリで再生速度を落とす機能なども活用しました。
  3. 特定のパートを追う: 複数の楽器が鳴っている場合、まずはベースラインだけ、次にメロディーだけ、と意識して聴くパートを限定しました。
  4. 音と楽譜の関連付け: 耳で聴き取った音が、楽譜上のどの音符に当たるのかを意識的に確認しました。例えば、「ドの音って、聴くとこんな感じか」というように、聴こえる音と視覚的な楽譜上の位置を紐づける作業です。

このプロセスを続ける中で、少しずつですが、音が以前よりクリアに聴こえるようになってきたのを感じました。まるで、ピントが合っていなかった景色に、徐々に焦点が合ってきたような感覚です。これまで「一つの塊」として聴こえていた音楽が、ベース、ドラム、ギター、ボーカル...と、それぞれの楽器がどのような役割を果たしているのか、互いにどう絡み合っているのかが、少しずつ「分解」して聴こえるようになったのです。

演奏が「点」から「線」、そして「立体」になった

音の「解像度」が上がったことで、私の演奏は大きく変わりました。

まず、楽譜に対する向き合い方が変わりました。以前は楽譜を「絶対的な指示書」として捉えていましたが、今は「音楽の設計図」あるいは「過去の偉大な演奏家が残したヒント集」のように思えるようになりました。楽譜に書かれていない音の長さや間の取り方、強弱のつけ方といったニュアンスを、自分の耳で聴いた他の演奏を参考に肉付けしていく、という発想が生まれたのです。

次に、演奏中の集中力が向上しました。以前は楽譜を目で追うのに必死でしたが、耳で音を聴くことに意識を向けられるようになり、アンサンブルでも他のパートの音をより深く感じ取れるようになりました。自分の音だけではなく、周りの音を聴きながら演奏する楽しさを知ったのです。これは、他人との「対話」としての演奏を可能にし、孤独だった練習に新しい意味を与えてくれました。

さらに、表現力が豊かになったと実感しています。耳で聴き取った魅力的なフレーズやリズムパターンを自分の演奏に取り入れたり、曲の背景にある文化や感情を音から感じ取ろうとすることで、単に音を並べるだけではない、「想いを乗せる」演奏へと変化していきました。

耳を鍛えることは、音楽を深く知る旅

「耳コピなんて無理」というコンプレックスから始まった私の挑戦は、単に音を聴き取る技術を得る以上のものを私にもたらしました。それは、音楽をより多角的に、より深く理解し、楽しむための新しい扉を開けてくれたのです。

今でも、難しい曲の耳コピに挑戦すると、上手くいかずに落ち込むこともあります。しかし、「自分には無理だ」と決めつけるのではなく、「どうすればこの音が聴こえるようになるだろう?」と、具体的な課題として捉えられるようになりました。

もし今、あなたが楽譜通りに弾くだけの自分に物足りなさを感じていたり、「耳が悪いから」と諦めていたりするならば、ぜひ一度「音を分解して、再現してみる」というアプローチを試してみてください。最初は小さな一歩で構いません。その一歩が、あなたの音楽人生における音の「解像度」を上げ、演奏だけでなく、音楽との向き合い方そのものを変えてくれるかもしれません。

演奏は、指先だけでなく、耳、そして心で行うものなのだと、私はこの経験を通じて学びました。そして、耳を澄ませることで聴こえてくる音の世界は、想像以上に広く、深く、刺激的なものだと知ったのです。