「『毎日少しずつ』の練習が、私の演奏と自己肯定感を変えた話」
「毎日練習」の理想と現実、そして自分を責める日々
楽器を始めたばかりの頃や、目標に向かって意気込んでいる時期には、「毎日欠かさず練習する」という理想を掲げることがよくあります。私もそうでした。「上手くなるためには、毎日少しでも楽器に触れることが大切だ」と信じて疑いませんでした。しかし、社会人になり、仕事や日々の生活に追われる中で、その理想を維持することは驚くほど難しい現実でした。
疲れて帰宅した後、楽器を取り出す気力がない日。急な残業や付き合いで時間が全く取れない日。週末にまとめて練習しようと思っても、疲れがどっと出て結局ダラダラ過ごしてしまう日。そうした日が続くと、「今日もできなかった」「また練習しなかった」と、自分を責める気持ちが膨らんでいきました。
「周りの上手い人は、きっと毎日ストイックに練習しているのだろう」「私には根性がないのかもしれない」「毎日続けられない自分は、結局大した演奏家にはなれないのではないか」――そんなネガティブな思考が頭の中を駆け巡り、演奏そのものに対するモチベーションまで下がってしまう悪循環に陥りました。練習ができないことへの罪悪感が、楽器に触れることへのハードルをさらに上げていたのです。この時期、私の演奏は停滞し、何よりも「毎日練習できない自分」に対するコンプレックスが、私の自己肯定感を少しずつ蝕んでいました。
完璧主義を手放し、ハードルを徹底的に下げる試み
「毎日やらなければ意味がない」「やるなら最低〇分は」「どうせやるなら、あの練習メニューをこなさなければ」――。以前の私は、練習に対して高いハードルを設けていました。しかし、それが続かない原因だと気づき、考え方を根本から変える必要があると感じ始めました。
きっかけは、ある演奏家の方の言葉でした。「毎日『何か一つでも』楽器に触れることを目標にしている」という言葉に触れ、衝撃を受けました。私は「練習メニューをこなす」「曲を一定のレベルまで弾く」といった結果を求めていましたが、その方は「触れる」という、もっともっと小さな行動を目標にしていたのです。
そこで私は、「毎日練習」という理想を一度手放し、「毎日楽器に触れる、または音楽に関する何か小さな行動をする」という、自分にとって実現可能な最低ラインを設定し直しました。
具体的な行動としては、以下のようなことを試みました。
- 楽器に触れるだけ: 実際に音を出すのではなく、楽器をケースから出して眺めるだけでもOKとする。
- チューニングだけ: 楽器を組み立てて、チューニングするだけで練習を終えても良いとする。
- 簡単なスケールを一回だけ: 複雑な練習曲や難易度の高いパッセージではなく、最も簡単なスケールを一度だけ弾く。
- 音源を少し聴く: 好きな演奏家の音源を5分だけ聴く。
- 楽譜を眺める: 今後練習したい曲の楽譜をパラパラと眺める。
驚くほどハードルを下げたことで、「これならできるかもしれない」と思えるようになりました。最初は抵抗がありましたが、「完璧にやろうとして結局何もやらないよりは、たとえ5分でも楽器に触れた方がずっと良い」と自分に言い聞かせました。
「少しずつ」がもたらした演奏と心の変化
ハードルを下げたことで、不思議なことに「毎日できた」という日が増えていきました。もちろん、本当に5分で終わる日もあれば、「せっかくだからもう少し弾いてみようかな」と、結果的に30分以上練習できる日もありました。重要なのは、「今日もできなかった」という自己否定感をなくし、「今日もできた」という小さな達成感を積み重ねられるようになったことです。
この「毎日少しずつ」の習慣が定着するにつれて、いくつかの大きな変化を感じるようになりました。
- 技術的な維持・向上: 毎日少しでも楽器に触れることで、指の感覚や演奏に必要な身体の使い方を忘れることがなくなりました。以前のように何日も楽器に触れない期間があると、感覚を取り戻すのに時間がかかりましたが、習慣化してからはそれが軽減されました。結果として、短い時間でも効率よく練習を進められるようになり、基礎力の維持や緩やかな技術向上を実感できるようになりました。
- 演奏への向き合い方の変化: 「毎日完璧に練習する」というプレッシャーから解放されたことで、演奏に対する義務感が薄れ、「弾きたいから弾く」という純粋な気持ちを取り戻すことができました。短い時間で集中して取り組む習慣がついたことで、漫然と長時間練習するよりも、一つ一つの音やフレーズに意識を向けやすくなりました。
- 自己肯定感の向上: 「毎日練習できない自分はダメだ」という自己否定のループから抜け出せたことが、最も大きな変化でした。「たとえ少しでも、目標を立てて実行できた」という小さな成功体験の積み重ねが、私の中に静かな自信を育んでくれました。演奏の場だけでなく、仕事や日常生活においても、「自分は決めたことをやり遂げられる人間なんだ」という肯定的な感覚を持てるようになったのです。
あなたにとっての「毎日少しずつ」を見つける
「毎日練習」という言葉に縛られ、自分を責めている方がいるとしたら、ぜひ一度その理想を手放してみてほしいと思います。大切なのは、「毎日完璧な練習をすること」ではなく、「あなたが無理なく、継続して楽器や音楽に触れられる習慣を見つけること」です。
それは、私のように「チューニングだけ」かもしれませんし、好きな曲のワンフレーズを弾くだけかもしれません。あるいは、演奏動画を一つ見るだけでも良いかもしれません。あなたにとって最もハードルが低く、毎日続けられる「少しずつ」は何でしょうか?
小さな一歩を踏み出し、それを毎日繰り返すことで、あなたの演奏はきっと良い方向へと変わっていくはずです。そして何よりも、練習を通して得られる「できた」という小さな達成感が、あなたの自己肯定感を優しく育んでくれることでしょう。
もし今、「毎日練習できない」と悩んでいるなら、まずは「毎日少しずつ」から始めてみませんか。その積み重ねが、未来のあなたの演奏と自信を大きく変えていく力になるはずです。