#演奏で変わった私

「自分の音源を聴くのが苦手だった」客観的に聴く習慣が、演奏上達の壁を壊した話

Tags: 練習法, 上達, コンプレックス, 聴く力, 客観視, 自己変革

導入:目を背けていた自分の音

楽器演奏を続けていると、多かれ少なかれ「壁」にぶつかることがあるかと存じます。練習しているのに思ったように上達しない、どこをどう改善すれば良いか分からない、といった状態です。私の場合、その大きな原因の一つが、「自分の演奏を客観的に聴けていない」ということにありました。

特に、自分の演奏を録音して聴き返すことが、心底苦手だったのです。音源を再生するたびに、理想とのギャップ、想像していた音との違い、粗ばかりが耳について、聴いているのが辛くなってしまう。そのうち、聴き返すこと自体から逃げるようになっていました。これが、自分の演奏と真正面から向き合うことを妨げ、上達の停滞を招いていたのです。

自分の音を聴くのが怖かった理由

なぜ、自分の演奏を聴くのがそんなに苦痛だったのでしょうか。主な理由はいくつか考えられます。

まず、シンプルに「下手な自分と向き合いたくない」という気持ちが強かったことです。頑張っているつもりなのに、出てくる音は未熟で、ミスも多く、意図した表現が全くできていない。その現実を突きつけられるのが怖かったのです。

また、「聴いたところで、どうすれば良くなるか分からない」という無力感もありました。問題点は分かっても、それをどう練習に落とし込めば良いのかが分からず、ただ落ち込むだけで終わってしまう。それでは時間の無駄だ、と考えていた節もあります。

さらに、他人からの評価を過度に恐れていたことも影響しています。「こんな演奏しかできていない」と知られるのが恥ずかしい、という思いから、自分自身も客観的な評価から逃げていたのでしょう。

このような状態が続くと、練習は単に指を動かす作業になりがちで、音の質や表現の深まりといった部分がおざなりになってしまいます。結果として、一生懸命練習しているのに、演奏は大きく変化しない、という悪循環に陥っていました。

変化のきっかけ:聴くことの重要性に気づいた瞬間

転機が訪れたのは、あるレッスンでの先生との会話でした。演奏後、「今の演奏を録音して聴いてみて。何を意識して聴くべきか、いくつかポイントを挙げるから」と言われ、改めて「聴く」ことの重要性を説かれたのです。先生は、「自分の音を客観的に聴く習慣がない人は、必ずどこかで壁にぶつかる。それは、ゴールが見えないまま闇雲に進んでいるのと同じだからだ」とおっしゃいました。

そして、最も心に響いたのは、「聴くことは、自分の演奏の良い点や成長にも気づくための時間でもある」という言葉でした。それまで、自分の演奏音源は「アラ探し」のためにあると思っていましたが、そうではないのだと気づかされました。

聴く習慣を身につけるための試行錯誤

先生のアドバイスを受け、私は少しずつ自分の演奏を聴く習慣をつけ始めました。最初はやはり抵抗がありましたが、いくつかの工夫を取り入れることで、その苦痛を和らげ、継続できるようになりました。

  1. 短時間から始める: 最初から曲全体を集中して聴くのは大変なので、まずは数小節、ワンフレーズだけを繰り返して聴くことから始めました。
  2. 目的を絞る: 「今日はリズムだけをチェックする」「次のレッスンで指摘された部分の改善度合いを確認する」など、聴く目的を一つに絞りました。漠然と聴くよりも、何に注目すべきかが明確になり、集中しやすくなりました。
  3. 「失敗探し」ではなく「発見」の視点を持つ: これは先生の言葉を意識した最も重要な点です。「できていない箇所」を探すのではなく、「ここはもう少しこうすれば良くなるな」「ここは意外と上手くいったぞ」という「発見」をするつもりで臨みました。
  4. 記録をつける: 聴いて気づいたことを簡単なメモに残すようにしました。これは改善点を忘れないためだけでなく、後で見返したときに、自分がどのように変化してきたかを確認するための記録にもなります。
  5. 環境を整える: 可能であれば、イヤホンやヘッドホンを使って集中できる環境で聴くようにしました。

これらの工夫を凝らしながら、毎日少しずつでも自分の音源と向き合う時間を設けました。最初は辛い時間でしたが、慣れてくると、冷静に自分の音を分析できるようになってきました。

聴く習慣がもたらした変化:演奏と内面

聴く習慣が定着するにつれて、私の演奏には具体的な変化が現れ始めました。

まず、練習の質が劇的に向上しました。どこに課題があるのかが明確になるため、闇雲な反復練習ではなく、ピンポイントで効率的な練習ができるようになりました。例えば、特定のリズムが不安定だと気づけば、その部分だけを取り出して様々なテンポで練習するといった具合です。

次に、表現の幅が広がりました。自分の音を客観的に聴くことで、強弱のつけ方や音色の変化が、自分が意図した通りに実現できているかを確認できるようになりました。録音を聴きながら試行錯誤を繰り返すことで、より細やかな表現を追求できるようになりました。

そして、最も大きな変化は、内面的な側面にありました。自分の未熟な演奏と向き合うことから逃げなくなったことで、自己受容が進んだように感じます。完璧ではない自分を受け入れ、それでも前に進もうとする前向きな気持ちが芽生えました。他人との比較で落ち込むことも減り、「自分は自分のペースで、自分の音を追求していけば良いのだ」と考えられるようになりました。

結論:聴くことは、自分自身と向き合うこと

「自分の音源を聴くのが苦手だった」というコンプレックスは、私にとって演奏上達の大きな壁でしたが、客観的に聴く習慣を身につけたことで、その壁を乗り越えることができました。聴くことは単に演奏技術を向上させるためだけでなく、自分の弱さを受け入れ、成長を認め、自分自身と深く向き合うための大切な時間であることを学びました。

もし今、自分の演奏を聴くのが辛い、あるいは避けてしまっているという方がいらっしゃいましたら、まずはほんの少しの時間からでも良いので、ご自身の音に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。そこに、上達のためのヒントや、意外な発見、そしてきっと、自分自身への向き合い方を変えるための大切な一歩が見つかるはずです。演奏体験が、あなたの人生をより豊かにするものであることを願っています。