#演奏で変わった私

「自分の演奏が淡白だ」そう思っていた私が、感情表現の壁を乗り越え、演奏に彩りを与えるまで

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「なんか、味気ないんだよな」演奏へのコンプレックス

楽譜通りに正確に弾くことはできる。音程やリズムも、大きく外すことはありませんでした。それなのに、自分の演奏にはいつも何か物足りなさを感じていました。「上手いんだけど、面白くない」「技術はあるけど、何も伝わってこない」。そんな漠然としたコンプレックスを抱えていたのです。

特に、他の人の演奏を聴いたときに、その差を痛感しました。同じ曲を弾いているのに、ある人の演奏からは喜びや悲しみ、あるいは切なさのような感情が鮮やかに伝わってくる。音色に深みがあり、メロディーがまるで歌っているかのように聴こえる。それに比べて、私の演奏は一本調子で、まるで機械が弾いているかのように淡白に聴こえてしまうのです。

「自分には、音楽的なセンスや表現力がないのだろうか」。そう思うと、練習へのモチベーションも下がってしまいました。技術を磨いても、表現という根本的な部分が変わらないように感じられたからです。仕事で疲れて帰ってきても、せっかく時間を捻出して練習するのに、このコンプレックスが常に頭をもたげ、「何のためにやっているんだろう」という気持ちにさせました。

感情表現の壁はどこにあるのか?

なぜ、自分の演奏に感情が乗らないのか。その原因を探ることから始めました。かつての私は、「楽譜に書かれている音符や記号を正確に再現すること」が演奏の全てだと考えていました。強弱記号や速度標語はもちろん守りますが、それ以上の「行間」を読む、つまり作曲家の意図や曲の背景、そして自分自身の感情を演奏に乗せるという発想が希薄だったのです。

また、普段から自分の感情を表に出すのが得意ではない性格も関係しているのかもしれない、とも感じました。音楽は感情を表現する手段なのに、その根幹となる自分自身の感情に鈍感だったり、それを表現することに抵抗があったりしたのです。

「このままでは、いつまで経っても聴き手の心に響く演奏はできない」。そう危機感を持ち、この「感情表現の壁」を乗り越えるための試行錯誤を開始しました。

淡白な演奏に「彩り」を加えるための具体的な試み

まず取り組んだのは、「深く聴く」習慣です。ただ音楽を聴くのではなく、好きな演奏家の録音を注意深く聴き込みました。どこでテンポを揺らしているのか、どの音を強調しているのか、同じメロディーでも繰り返しの際に音色はどう変わっているのか、といった細部に耳を澄ませました。楽譜を見ながら聴くことで、楽譜だけでは分からない演奏家の解釈や表現の工夫が見えてきました。

次に、曲の背景を知ることに時間を費やしました。作曲家が生きた時代、その曲が作られた背景、歌詞のある曲であれば歌詞の意味などを調べました。情報として得るだけでなく、その時代の絵画を見たり、関連する文学作品を読んだりもしました。すると、単なる音符の羅列だった楽譜が、途端に生き生きとした物語のように感じられるようになったのです。

そして、自分自身の内面と向き合う練習も意識的に行いました。曲を練習する前に、まずは目を閉じて曲を頭の中で鳴らし、どのような感情が湧き上がってくるかを感じ取るようにしました。悲しい場面ではどんな音色を想像するか、喜びを表すならどんなリズム感が合うか。そうして感じ取ったイメージを、実際に音に出してみるのです。最初はぎこちなく、どうすれば良いか分かりませんでしたが、少しずつ「この音はもっと優しく」「ここはもっと力強く」といった具体的なイメージが湧くようになりました。

さらに、「歌うように弾く」ことを強く意識しました。楽器の種類に関わらず、メロディーラインを歌ってみたり、頭の中で歌いながら楽器を弾いてみたりしました。人間の声には自然なフレージングや抑揚がありますが、それを楽器でどう再現できるかを考えるのです。

これらの試みを続ける中で、私は単に技術的に正確であることだけが演奏ではない、ということを体感として理解し始めました。楽譜はあくまで設計図であり、そこに魂を吹き込むのは演奏家自身の解釈と感情なのだ、と。

演奏が変わった、そして自分自身も変わった

試行錯誤は簡単ではありませんでしたが、少しずつ、確かに演奏に変化が現れ始めました。以前は均一だった音に濃淡が生まれ、メロディーラインがより滑らかに、表情豊かになったと感じる場面が増えました。特に、以前は「つまらない」と感じていた部分が、自分なりの解釈や感情を乗せることで、愛着を持てるようになったのです。

この変化は、演奏だけにとどまりませんでした。自分の内面と向き合い、感情を「表現する」練習をしたことは、日常生活にも影響を与えました。自分の感情に気づきやすくなり、それを言葉や態度で表現することへの抵抗感が減ったように感じます。以前は人の顔色を伺って自分の意見を抑えがちでしたが、音楽を通して「自分らしさ」を表現することの楽しさを知ったことで、少しずつ自分の意見を臆せず伝えられるようになりました。

演奏は、私にとって単なる趣味や技術習得の場ではなく、自分自身を深く理解し、表現するための大切な手段となりました。「自分の演奏が淡白だ」というコンプレックスは、私に音楽との向き合い方、そして自分自身との向き合い方を変えるきっかけを与えてくれたのです。

コンプレックスは、自分を変える扉かもしれない

もし、あなたが今の演奏に満足できなかったり、「表現力が足りない」「感情が乗らない」といった悩みを抱えていたりするなら、それはもしかしたら、あなたの演奏を、そしてあなた自身をより豊かに変えるための扉なのかもしれません。

技術的な練習はもちろん大切ですが、それに加えて、音楽を「感じ」、自分自身の「感情」と向き合い、それを「表現する」という側面に光を当ててみてください。様々な音楽を聴き、曲の背景に想いを馳せ、そして何より、あなたの心から湧き上がるものを音に乗せる練習をしてみてください。

その過程は、ときに難しく、自分の欠点と向き合うことになるかもしれません。しかし、その先に待っているのは、きっと彩り豊かな、あなただけの演奏と、一回り成長した新しい自分自身の姿だと思います。演奏を通して得られる内面的な変化は、技術の上達にも増して、私たちの人生を豊かにしてくれる力を持っていると、私は自身の経験から確信しています。