「家では集中できない」そう思っていた私が、外に「自分の場所」を見つけて練習が習慣化できた話
自宅での練習、その見えない壁
楽器を演奏されている方の多くが、自宅での練習に何かしらの課題を感じているのではないでしょうか。音の問題、家族への配慮、生活空間ゆえの誘惑の多さ。私自身も、まさにその壁にぶつかっていた一人でした。
会社員としてフルタイムで働きながら楽器を続けている私にとって、確保できる練習時間は限られています。その貴重な時間を、自宅で効率よく使おうと試みるのですが、現実はなかなか厳しくありました。
例えば、練習を始めようと楽器を構えても、すぐにスマートフォンの通知が気になったり、家族の話し声や生活音が耳に入ってきたりします。「ちょっと休憩」と思ってリビングに行くと、そのまま時間が過ぎてしまうことも日常茶飯事でした。
また、集合住宅に住んでいたため、音の問題も常に付きまといました。完全に防音された環境ではないため、特に夜間は音量や演奏内容に気を使い、思う存分に練習することができません。大きな音が出せないことで、表現の幅を狭めているような感覚もありました。
これらの要因が重なり、自宅での練習はなかなか集中できず、予定していた内容の半分も進まない日が続きました。「今日もちゃんと練習できなかった」という自己嫌悪に陥ることも増え、楽器から少しずつ心が離れていくのを感じていました。
「場所」に縛られていたのは、自分自身の考え方だった
このままではいけない、と感じてはいたものの、解決策が見つかりませんでした。「練習は自宅でやるものだ」という固定観念にとらわれていたのかもしれません。レンタルスタジオや音楽教室の個人練習室があることは知っていましたが、利用料や移動の手間を考えると、「わざわざお金と時間をかけてまで…」と躊躇していました。
しかし、ある日、思い切って近所のレンタルスタジオを利用してみたことが、大きな転機となりました。わずか1時間でも、自宅とは全く違う集中力で練習に取り組むことができたのです。周りの音を気にすることなく、自分の音だけに集中できる空間。まるで空気が変わったように感じました。
この経験から、「練習場所は自宅に限らなくて良いのだ」という当たり前のことに、ようやく気づくことができました。そして、自分にとって最適な練習場所を見つけることが、練習を習慣化し、演奏力を向上させるための鍵になるのではないか、と考えるようになりました。
自分に合った「自分の場所」を探す旅
それから私は、本格的に「自分に合った練習場所」を探し始めました。いくつかのレンタルスタジオを試したり、音楽教室の空き部屋を利用させてもらったり、時には地域の公共施設にある音楽練習室を使ってみたりしました。
それぞれの場所には、異なるメリット・デメリットがありました。
- レンタルスタジオ: 音質が良い、設備が整っている（譜面台、アンプなど）、時間を区切って集中しやすい。一方で、利用料がかかる、予約が必要、人気のある時間は取りにくい、という面もありました。
- 音楽教室の個人練習室: 比較的安価、音楽の雰囲気に囲まれている。ただし、利用時間が限られている場合が多い、予約が必要。
- 公共施設の音楽練習室: 非常に安価、広いスペースがあることも。しかし、予約が取りにくい、設備の面で物足りない場合がある。
- その他（カフェ、公園など）: アコースティック楽器の場合の選択肢。費用がかからない、気軽に利用できる。ただし、音量や周囲への配慮が必要不可欠、集中しにくい場合もある。
様々な場所を試す中で、自分にとって何が重要なのかが見えてきました。私の場合は、「程よく静かで、自分の音に集中できること」「家からのアクセスが良いこと」「予約が比較的取りやすいこと」「予算内で無理なく通えること」が条件でした。
最終的に、私は自宅から少し離れた場所にある、小さな音楽スタジオの個人練習室を「自分の場所」として選びました。最新の設備があるわけではありませんでしたが、いつも清潔で落ち着いた雰囲気があり、スタッフの方も親切でした。何より、そこに行けば「練習するスイッチ」が自然と入るような、自分にとって心地よい空間でした。
「場所を変える」ことで変わったこと
「自分の場所」を確保できたことで、私の練習習慣は劇的に変わりました。週に数回、決まった時間にその場所へ行くことをルーティンに組み込んだのです。
そこでの練習は、自宅でのものとは比べ物にならないほど質の高いものになりました。周囲の音を気にせず、自分の音をしっかり聴きながら練習に集中できます。限られた時間の中で最大限の成果を出そうという意識も高まりました。
また、練習場所への移動時間も、有効活用できるようになりました。電車の中では、これから練習する曲の音源を聴いたり、楽譜を読み込んだりする時間にあてました。これは、自宅で練習しているだけでは生まれなかった、新たなインプットの時間でした。
そして、何よりも大きかったのは、心理的な変化です。練習が継続できるようになったことで、「自分は決められたことをやり遂げられる人間だ」という自信が生まれました。練習できない言い訳を探すのではなく、「どうすれば練習時間を確保できるか」を前向きに考えるようになったのです。
「場所」という物理的な制約に縛られていたのは、実は「自宅でしか練習できない」と思い込んでいた自分自身の考え方だったのだと気づきました。自分に合った環境を自ら探し出し、そこで努力を重ねるという経験は、演奏技術の向上だけでなく、自己肯定感を高めることにも繋がりました。
演奏は、どこでも、どんな形でも続けられる
演奏は、必ずしも完璧な防音室や広い専用スペースがなければできないものではありません。自宅で集中できない、練習場所がない、と感じている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、少し視点を変えて、自分のライフスタイルや予算に合った「自分の場所」を探してみる価値はきっとあります。
それは、静かなカフェの一角かもしれませんし、通勤経路の途中にあるレンタルスペースかもしれません。あるいは、オンラインレッスンを活用して、自宅でも質の高いインプットを得るという方法もあるでしょう。
大切なのは、「場所がないから練習できない」と諦めるのではなく、どうすれば自分にとって最適な練習環境を創り出せるかを考えてみることです。場所を変えるというシンプルな一歩が、練習を習慣化し、演奏に対する向き合い方をより前向きなものに変えてくれます。
演奏場所は、単に楽器を鳴らす場所ではありません。それは、自分自身と向き合い、成長するための大切な「空間」となるのです。