「好き」で始めた演奏が、いつしか「やらなきゃ」に変わった。義務感を乗り越え、演奏の喜びを取り戻した話
演奏は「好き」から「義務」へ変わった
楽器を始めたきっかけは、純粋に「好き」という気持ちからでした。特定のアーティストの演奏に感動したり、美しい音色に魅了されたりして、「自分もこんな音を出せるようになりたい」と夢中になったのです。練習時間も惜しまず、少しずつ上達するたびに大きな喜びを感じていました。
しかし、演奏を続けていくうちに、その感覚は徐々に変化していきました。目標とするレベルが高くなるにつれて、日々の練習が単なる「やるべきこと」に変わっていったのです。楽譜の難易度が上がり、指が思うように動かない。以前は楽しく思えた基礎練習も、ただの反復作業のように感じられました。
「今日は最低でも〇分練習しないと」「この曲を完成させないと、発表会で恥ずかしい」といった考えが頭を占めるようになり、「好きだから弾く」のではなく「やらなきゃいけないから弾く」という義務感が、演奏の大部分を占めるようになっていました。かつて感じていた演奏の喜びは薄れ、練習は苦痛にさえ感じられることもありました。
特に社会人になってからは、仕事の疲れから練習に向かうのが億劫になる日が増えました。限られた時間の中で成果を出そうと焦り、上達しない自分に失望する。そんな負のスパイラルに陥り、演奏そのものから距離を置きたいとさえ思い始めたのです。
苦痛だった「義務」からの解放
このままでは、せっかく始めた演奏を嫌いになってしまう。そう感じた私は、一度立ち止まって、なぜ演奏が苦痛になったのかを考え直すことにしました。その結果、自分を追い詰めていたのは、外的な目標や理想とする姿ばかりに目を向け、「今の自分」や「演奏そのものの楽しさ」を見失っていたことだと気づきました。
そこで、私はいくつか意識的に変えてみたことがあります。
1. 練習の「ノルマ」を見直す
「毎日〇分」という固定した練習時間をやめ、その日の体調や気分に合わせて柔軟に練習することにしました。短い時間でも良いから、集中できる範囲で取り組む。どうしても弾く気になれない日は、無理に弾かず、好きな演奏を聴くだけにしたり、楽譜を眺めるだけにしたりしました。
2. 「弾けるべき曲」ではなく「弾きたい曲」を優先する
難易度が高くても、心から「弾きたい」と思える曲に触れる時間を増やしました。技術習得のためだけでなく、音楽そのものを楽しむ時間を作ることで、演奏に対するポジティブな感情を呼び戻そうとしたのです。完璧に弾けなくても、その曲から得られる感動や楽しさを優先しました。
3. 完璧主義を手放す
「ミスをしてはいけない」「常に上達し続けなければならない」というプレッ想を緩めました。多少のミスがあっても、それは「音楽を楽しむプロセスの一部」だと受け止めるようにしました。練習も「できた、できない」だけでなく、「今日はこんな音が出せたな」「このフレーズ、少しスムーズになったかな」といった小さな変化や肯定的な側面に目を向けるようにしました。
4. 演奏以外の形で音楽と触れる
楽器を弾くことだけが音楽との関わり方ではないと気づきました。コンサートやライブに足を運んだり、音楽仲間と演奏以外の話で盛り上がったり。そうすることで、音楽が私の生活を豊かにしてくれる存在であることを再認識しました。
再び見つけた演奏の喜び
これらの試みは、すぐに大きな変化をもたらしたわけではありません。しかし、少しずつ「義務感」の呪縛から解放されていくのを感じました。練習が「やらなきゃいけないこと」ではなく、「今日の自分がやりたいこと」に変わり始めたのです。
気負いがなくなったことで、かえって以前よりも集中して練習に取り組めるようになりました。また、失敗を恐れなくなったことで、新しい表現に挑戦する勇気も生まれました。何よりも大きかったのは、演奏中に再び心から「楽しい」と感じられる瞬間が増えたことです。
もちろん、今でも練習がうまくいかずに落ち込むことはありますし、忙しさの中で時間を見つけるのに苦労することもあります。しかし、「好き」という気持ちを原動力に立ち返る方法を知ったことで、演奏を続けることに対する心理的なハードルは格段に下がりました。
演奏は、上達だけが全てではありません。「好き」というシンプルな気持ちを大切にし、自分自身のペースで音楽と向き合うこと。義務感を手放し、再び演奏の喜びを見つけられた経験は、技術的な成長以上に、私自身の心に大きな変化をもたらしてくれたと感じています。もし今、あなたが演奏を「義務」のように感じて苦しんでいるなら、一度立ち止まって「なぜ演奏が好きなのか」を思い出してみる時間を取ってみてはいかがでしょうか。きっと、また新たな一歩を踏み出すきっかけが見つかるはずです。