#演奏で変わった私

楽器から離れて見えた景色が、私の演奏と向き合い方を変えた話

Tags: 演奏の悩み, インプット, 練習方法, モチベーション, 自己変革

練習漬けの日々で、見失っていたもの

かつて私は、上達するためには「とにかく練習時間を増やすこと」が全てだと信じていました。仕事から帰宅後、疲れた体に鞭打ち、ひたすら楽器に向かう日々。確かに、練習すればするほど指は動くようになり、楽譜を読み込むスピードも上がっていきました。しかし、不思議なことに、演奏はどこか単調で、自分でも「これで本当に良いのだろうか」という疑問が拭えませんでした。

周りの人と比べて、自分には「音楽的なセンス」が足りないのかもしれない。そう思うたび、ますます練習量を増やさなければという焦りに駆られました。時間がない中で無理に練習時間を確保し、その成果が感じられないことへのいら立ち、他人との比較で生まれる劣等感…。楽器に触れているはずなのに、心は満たされない状態が続いていました。

練習に没頭するあまり、私の視野はどんどん狭まっていたように思います。音楽は「楽譜通りに正確に弾くこと」だけを指すようになり、自分が何を感じ、何を表現したいのか、といった最も大切な部分を見失いかけていたのです。

楽器から「離れてみる」勇気

そんな閉塞感の中で、私は思い切って楽器から少し距離を置く時間を作ってみました。それは練習をサボるということではなく、「楽器に直接触れる以外の方法で、音楽や芸術と向き合ってみよう」という試みでした。

例えば、これまであまり聴いてこなかったジャンルの音楽を、理屈抜きにただ感じるままに聴いてみました。歌詞の意味を深く考えたり、他の楽器の音色に耳を澄ませたり。クラシックだけでなく、ジャズ、ワールドミュージック、あるいは全く音楽とは関係のない自然の音、街の喧騒にも耳を傾けてみました。

また、美術館に足を運び、一枚の絵画が持つ色使いや構図から受ける印象を味わったり、映画を観て、物語の展開だけでなく、背景に流れる音楽や登場人物の感情の機微に注意を向けたりもしました。

これらは、日々の練習に追われている時には「遠回り」のように感じていたことでした。しかし、楽器から一度離れることで、心に少し余裕が生まれ、周囲の世界が以前とは違って見え始めたのです。

演奏と自分を変えた「見えないインプット」

こうした「楽器から離れて見えた景色」は、すぐに直接的な演奏技術の向上に繋がるわけではありませんでした。しかし、私の演奏に対する「向き合い方」を根底から変えてくれました。

まず、音楽を「点」ではなく「線」や「立体」として捉えられるようになったように感じます。単音の響きだけでなく、それがどのように他の音と溶け合い、時間とともに変化していくのか。他の楽器との関係性、音楽全体の構造。そういったものを、頭で理解するだけでなく、感覚として捉えるヒントを、様々な音楽鑑賞から得ることができました。

また、絵画の色合いや映画の情景、人々の会話のリズムといった、非音楽的な体験も、自分の演奏に「色」や「感情」を乗せるための、豊かな引き出しになっていきました。例えば、雨の日の静けさから得たインスピレーションが、あるフレーズのデリケートな表現に繋がったり、絵画の鮮やかなコントラストから、音色の対比をより意識するようになったり、といった具体例も生まれました。

これは単なる技術論ではなく、自分の内面や感覚が豊かになることで、結果として演奏に深みが生まれるという変化でした。練習時間は大きく増えなかったにもかかわらず、練習一つ一つの「質」が向上したことを実感しました。楽譜の裏側にある作曲家の意図や、その音楽が生まれた背景に思いを馳せることで、演奏がより立体的になったのです。

何より、「センスがない」というコンプレックスも和らぎました。音楽的な表現は、生まれ持った才能だけでなく、いかに多様な経験を通して自分の感性を磨くかによって培われる部分も大きいのだと気づいたからです。楽器に向かう時間だけでなく、世界を見る、聴く、感じる、といった日々の全てが、自分の演奏に繋がっている。そう思えたとき、練習へのモチベーションは「やらなければ」という義務感から、「もっと色々なものを演奏で表現したい」という、前向きな喜びへと変わっていきました。

行き詰まった時は、視点を変えてみる

もし今、あなたが練習に行き詰まりを感じていたり、上達の壁に悩んでいたりするなら、あるいは時間がないことに焦りを感じているなら、一度楽器から少し離れて、周りの世界に目を向けてみることをお勧めしたいです。それは決して逃げることではなく、演奏を、そして自分自身をより深く理解するための、有効な手段となり得るからです。

多様なインプットは、あなたの音楽の世界を広げ、演奏に新たな可能性をもたらしてくれるでしょう。そして何より、楽器と向き合う時間だけでは得られない、心のゆとりや、音楽に対する純粋な喜びを再認識させてくれるはずです。

私の経験が、誰かの演奏人生にとって、新しい視点を見つけるきっかけになれば幸いです。