「オンラインだと伝わらない」そう悩んでいた私が、演奏で想いを届ける方法を見つけた話
オンライン演奏、それは新しい可能性、そして…コンプレックスの始まり
近年、私たちの演奏活動の場は大きく広がりました。ライブハウスや発表会といったリアルの場に加え、オンラインでのセッションや配信、レッスンなどが当たり前になっています。これは、物理的な距離や時間の制約を超えて、多くの人に音楽を届けたり、学んだりできる素晴らしい変化です。
しかし、同時にオンライン演奏ならではの壁にぶつかり、新たなコンプレックスを抱えてしまった方もいらっしゃるのではないでしょうか。私もその一人でした。
自宅から気軽に配信できるようになったのは嬉しい。仲間とリモートで音を合わせるのも楽しい。でも、どうも「伝わらない」感覚がつきまとっていたのです。
画面越しに感じた「伝わらない」壁
リアルな場で演奏しているときは、聴いている人の表情や空気感を感じながら、それに合わせて自分の音色や表現を調整することができます。また、会場全体の響きや、楽器そのものが持つ生々しい音の振動が、聴き手に直接届きます。
ところが、オンラインだとこれが難しい。マイクを通して圧縮された音、画面越しの限られた視覚情報、そして常に存在するわずかなラグ。これらが、私の演奏と聴き手の間に見えない壁を作っているように感じられました。
- 「もっと弱く優しく弾いたつもりなのに、マイクを通すとただ小さく聞こえるだけだ…」
- 「ここぞという盛り上がりの部分、リアルならもっと鳥肌が立つような感覚があるのに、配信だと平坦に聞こえるかも…」
- 「この間のオンラインセッション、なんだかみんなとの一体感が薄かったな…」
練習を重ね、技術的に自信がついてきたはずなのに、オンラインの画面を通して聴く自分の音は、どこか冷たく、感情がこもっていないように聞こえる。一生懸命表現しようとすればするほど、その意図がすり抜けていくような感覚に陥り、自信を失っていきました。「私の演奏って、結局、画面越しだとこの程度なのか…」というコンプレックスが芽生え始めたのです。
特に、技術的な課題をクリアすることばかりに意識がいっていた時期には、この「伝わらない」感覚がより一層強く感じられました。楽譜通りに正確に弾く、速いパッセージをきれいにこなす。そういった技術は、マイクを通してもある程度正確に伝わります。しかし、音色、フレージングのニュアンス、間の取り方といった、感情や想いを乗せる部分は、オンラインではどうも「抜け落ちてしまう」ように感じていたのです。
「どうすれば届けられるか?」視点を変えた試行錯誤
このコンプレックスを乗り越えるため、私は考え方を変える必要がありました。単に「伝わらない」と嘆くのではなく、「どうすればオンラインという環境で、自分の想いを音に乗せて届けられるか」という視点を持つことにしたのです。
もちろん、オーディオインターフェースやマイクといった機材の知識を深めることも多少は役立ちました。しかし、それ以上に重要だったのは、「オンラインでの伝わり方」を理解し、それに合わせた表現方法を模索することでした。
具体的な行動としては、以下のようなことを試みました。
- 「画面越しの自分」を客観的に見る習慣: 自分の演奏を必ず録画・録音し、視聴者になったつもりで見返す時間を意識的に作りました。リアルな自分の演奏を聴くのとは違う、画面の中の演奏者としてどう見えるか、どう聞こえるかを徹底的にチェックしたのです。ここで初めて、自分が思っている以上に表情が硬いこと、意図した音色や強弱がマイクを通すと変わってしまうことに気づきました。
- オンライン特有の「伝達率」を考慮した表現: リアルなら繊細な表現が効果的でも、オンラインでは少しデフォルメした方が伝わりやすい場合があることを学びました。例えば、強弱のコントラストをいつもより大きくつけたり、ビブラートやアーティキュレーションを少し強調したり。これは「大げさにする」のではなく、「伝達ロスを補う」ための調整です。
- 視覚的な要素への意識: 演奏中の表情や姿勢も、オンラインでは重要な情報伝達手段になります。カメラアングルを調整したり、演奏中に自然な体の動きを取り入れたりすることで、音だけでなく視覚からも音楽の雰囲気や感情が伝わるように工夫しました。
- フィードバックの活用と「オンライン耳」の育成: 信頼できる演奏仲間にオンラインでの演奏を聴いてもらい、率直なフィードバックをお願いしました。「この部分の音が引っ込んで聞こえる」「表情がよく見えて演奏に引き込まれる」など、具体的な感想は非常に参考になりました。また、様々なオンライン演奏を積極的に視聴し、「この人の演奏はオンラインでもすごく伝わってくるな」と感じる演奏から、その表現方法や音作りのヒントを得ようと努めました。
これらの試行錯誤は、最初から全てが上手くいったわけではありません。時には不自然になったり、逆に伝わりにくくなったりすることもありました。しかし、「どうすれば届けられるか」という目的意識を持って練習を重ねるうちに、徐々にオンライン環境での表現のコツを掴めるようになってきたのです。
オンラインでの演奏が教えてくれた、新しい自分
オンライン演奏の壁を乗り越えようとする過程で、私はいくつかの大切なことを学びました。
一つは、「表現とは、環境に応じて最適化するものだ」ということ。リアルな場、レコーディング、そしてオンライン。それぞれの環境に合わせた「伝え方」があるのだと理解できました。これは、どんな状況でも自分の音楽を届けようとする、柔軟な対応力を育んでくれたように思います。
二つ目は、自分自身の演奏をより客観的に見つめ直す機会になったということ。録画・録音して自分の演奏を冷静に分析する習慣は、オンラインだけでなく、リアルな演奏における課題や改善点にも気づかせてくれました。「伝わらない」と感じたことが、逆に自分の表現を深めるきっかけになったのです。
そして何より、オンライン演奏という新しい「場」を楽しむ心の余裕が生まれました。以前はコンプレックスの対象だった画面越しの演奏が、今は遠く離れた友人や、普段出会えない方と音楽を共有できる、かけがえのないツールだと感じています。
もちろん、オンライン演奏がリアル演奏と全く同じになるわけではありません。しかし、オンラインだからこそ可能な表現や、オンラインだからこそ出会える音楽体験も確かに存在します。「伝わらない」という壁に悩んでいるとしたら、それはきっと、あなたが自分の音楽を「届けたい」という強い気持ちを持っている証拠です。その気持ちを大切に、オンラインという新しい環境での「伝え方」をぜひ探求してみてください。きっと、あなたの演奏はさらに豊かなものになり、新しい自分に出会えるはずです。