「自分の音に納得できない」そう悩んでいた私が、心地よい響きを見つけるまで
自分の音に納得できない、その悩みの始まり
楽器を始めて数年経った頃、私は漠然とした悩みを抱えていました。それは、「自分の音に納得できない」という感覚でした。楽譜通りに弾くことはある程度できるようになってきても、いざ自分の演奏を録音して聴いてみると、どこかキンキンしていたり、響きが足りなかったり、感情がこもっていないように聞こえたりするのです。
まるで、頭の中で鳴っている理想の音と、実際に出ている音との間に、見えない大きな壁があるような感覚でした。SNSで他の人の演奏を聴いたり、プロの演奏会に足を運んだりするたびに、その「音色の違い」を痛感し、自分には特別な「センス」がないのではないかと落ち込むこともありました。
特に、仕事で疲れて帰宅し、限られた時間で練習する中で、「どうせ良い音は出せない」という諦めが、練習のモチベーションをさらに低下させていきました。ただ音を出すだけの作業になってしまい、演奏する喜びを感じられなくなっていたのです。
「良い音色」って何だろう? 手探りの試行錯誤
自分の音色へのコンプレックスをどうにかしたいと思い立ちましたが、何から始めれば良いのか分かりませんでした。指の動きや楽譜を読むことには意識を向けていましたが、「音色そのもの」に焦点を当てて練習したことがなかったからです。
まず取り組んだのは、「良い音色」とは具体的にどんなものなのかを知ることでした。好きな演奏家の録音を、以前よりもずっと注意深く聴くようになりました。単にメロディーやリズムを追うのではなく、一つ一つの音の立ち上がり、伸び、消え方、そして音の「質感」に耳を澄ませたのです。
最初は「うわ、綺麗だな」と感じるだけでしたが、何度も聴き返すうちに、楽器や表現方法によって様々な「良い音色」があることに気づきました。温かい音、透明感のある音、力強い音、柔らかい音など、多様な響きがあることを知ったのです。同時に、自分の音はこれらに比べて単調で、響きが少なく感じられることに改めて向き合いました。
次に、自分の演奏方法を見直しました。楽器の構え方、呼吸の深さ、指のタッチ、楽器との体の接触の仕方など、これまで無頓着だった部分に意識を向け始めたのです。例えば、管楽器であれば息のスピードや角度、弦楽器であれば弓の圧力やスピード、鍵盤楽器であれば指の重みや打鍵の深さなど、些細だと思っていたこと一つ一つが、音色に大きく影響することを知りました。
聴き方を変えたら、自分の音も変わり始めた
大きな転機となったのは、「聴く」練習を始めたことでした。これまでは自分の演奏を録音しても、粗探しをするかのように聴いてすぐに消してしまうことが多かったのですが、それでは何も変わらないことに気づきました。
自分の演奏を、まるで他人の演奏を聴くかのように、客観的に、そして何が足りないかだけでなく、どんな可能性があるかを探るように聴くことを意識しました。最初は耳に痛かった自分の音も、注意深く聴き続けるうちに、ほんの少しの変化にも気づけるようになりました。
そして、「なぜこの音は響かないのだろう」「どうすればもっと温かい音になるだろう」と、具体的に考える習慣がつきました。問題点を見つけるだけでなく、それを改善するために「次はこんな体の使い方を試してみよう」「この部分では少しだけ息のスピードを変えてみよう」と、具体的なアクションプランを立てて練習に取り組めるようになったのです。
また、楽器の音だけでなく、日常の様々な音に耳を澄ませることも意識しました。雨の音、風の音、人の話し声、車の音など、それぞれの音の持つ「音色」に注意を向けることで、音が持つ多様な表情や響きに対する感度が少しずつ高まっていきました。
音色を追求することが教えてくれたこと
音色への意識を変えて練習を続けるうちに、少しずつですが、自分の音に心地よさを感じられる瞬間が増えてきました。それは、劇的に音が変わったというよりも、自分が理想とする響きに、以前より近づけるようになったという実感でした。
音色を追求する過程は、単に楽器の技術を磨くことだけではありませんでした。自分の感覚に耳を澄ませ、理想と現実のギャップを客観的に分析し、具体的な解決策を探し、試行錯誤を繰り返すという、非常に内省的でクリエイティブなプロセスでした。
この過程で、私は自分自身の「聴く力」が養われたことを実感しています。そして、自分が出す音に対して誠実に向き合うことで、一つ一つの音を大切に奏でるという意識が芽生えました。それは、演奏に深みと説得力を与えてくれたように感じています。
演奏が変わり、自分自身も変わった
自分の音色に少しずつ自信が持てるようになると、演奏すること自体が以前よりずっと楽しくなりました。コンプレックスから解放され、もっと自由に、もっと感情を込めて演奏したいという気持ちが強くなったのです。
音色を追求する中で培われた「注意深く観察し、分析し、改善のために行動する力」は、演奏以外の場面でも活かされています。仕事での課題解決や、人間関係におけるコミュニケーションなど、様々な状況で、相手の話に耳を傾け、状況を客観的に捉え、より良い関係を築くためにどう行動すれば良いかを考える際に役立っていると感じています。
「自分の音に納得できない」という悩みは、私にとって、演奏との向き合い方、そして自分自身との向き合い方を変える大きなきっかけとなりました。もし今、自分の音色に悩んでいる方がいらっしゃるなら、ぜひ「良い音色」とは何かを探求し、ご自身の音に、そして世界の様々な音に、注意深く耳を澄ませてみていただきたいと思います。その探求の過程で、きっと演奏だけでなく、ご自身の内面にも良い変化が訪れるはずです。