#演奏で変わった私

「人前で失敗するのが怖い」そう思っていた私が、演奏を楽しめるようになった話

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人前での演奏、その見えない壁

多くの演奏者にとって、人前で演奏することは特別な喜びであると同時に、大きなプレッシャーを伴うものではないでしょうか。練習室ではスムーズに弾けるフレーズも、いざ人の前に立つと指が思うように動かなくなったり、頭が真っ白になったり。私自身、「人前で失敗するのが怖い」という気持ちが強く、せっかく積み重ねてきた練習の成果を発揮できないことに、長い間悩んでいました。

特に、大学を卒業して社会人になってからは、演奏の機会自体が貴重なものになり、その一度きりのチャンスを絶対に失敗できないという強迫観念のようなものが、さらに緊張を高めていました。発表会や小さなライブの前は、想像するだけで心臓がバクバクし、夜も眠れないほどでした。「どうして自分はこんなに本番に弱いのだろう」「才能がないのかもしれない」と、ネガティブな思いに囚われる日々でした。

失敗の記憶と、それを乗り越えるための試み

私の人前での演奏への恐怖は、過去のいくつかの失敗経験に根ざしていました。特に印象的だったのは、重要な発表会で演奏中に完全に止まってしまったことです。その時の客席からの視線や、自分自身の情けなさを感じた瞬間の記憶が、その後の演奏機会においてフラッシュバックするようになりました。

この「失敗への恐怖」を乗り越えるために、様々なことを試しました。 まず、練習量を増やせば自信につながるだろうと考え、仕事の合間を縫って必死に練習しました。しかし、練習すればするほど「ここも完璧にしないと」「あそこも不安だ」とアラばかりが目につくようになり、本番直前にはさらに緊張が高まるという悪循環に陥りました。

次に、本番を想定した練習を取り入れてみました。友人の前で弾いてみたり、録音・録画をして客観的に聴いてみたり。これは一定の効果はありましたが、やはり「評価されるかもしれない」という意識が邪魔をして、練習室で一人で弾く時のような自由さや集中力は得られませんでした。

また、本番前のルーティンを決めてみたり、特定の呼吸法やストレッチを試したりもしました。これらは一時的に心を落ち着かせる効果はあっても、根本的な恐怖心をなくすまでには至りませんでした。

考え方を変えるという、意外な転換点

多くの方法を試してもなお、人前での演奏への恐怖心が完全には消えないことに、私は半ば諦めかけていました。しかし、ある時、ふとこんなことを考えました。

「なぜ、自分は人前で弾くのだろう?」

最初は「上達するため」「聴いてもらうため」といった答えが出てきましたが、さらに掘り下げて考えていくと、最も根源的な理由にたどり着きました。それは、「自分がその曲を弾きたいから」「演奏することが好きだから」というシンプルなものでした。

いつの間にか、人前で弾くことの目的が、「失敗しないこと」「うまく弾くこと」にすり替わってしまっていたのです。本来の目的は、自分が愛する音楽を表現し、聴いている人と分かち合うこと、そして何より自分自身が演奏を楽しむことだったはずです。

この気づきを得てから、私は意識的に「演奏を楽しむこと」に焦点を当てるようにしました。もちろん、練習は大切です。しかし、練習の目的を「完璧を目指すこと」から「本番で最高の自分を発揮するための準備」へとシフトしました。そして、本番でミスをしたとしても、それはただの「音の間違い」であり、「人間的な価値」が下がるわけではない、と自分に言い聞かせました。

恐怖心と共に、それでも弾く

考え方を変えたからといって、すぐに本番での緊張がゼロになったわけではありません。やはり、ステージに上がる前は今でも少し緊張します。しかし、その緊張は以前のような「失敗への恐怖」からくるものではなく、「良い演奏をしたい」という前向きな集中力に近いものに変わりました。

また、たとえ演奏中に小さなミスをしてしまったとしても、そこでパニックになるのではなく、「次に集中しよう」とすぐに気持ちを切り替えられるようになりました。ミスは、私という人間が演奏している証拠であり、完璧ではないからこそ、そこに感情や人間らしさが宿るのかもしれない、とすら思えるようになったのです。

人前で演奏することは、自分の内面と向き合うことでもあります。恐怖心や不安といった感情は、無理に排除しようとするのではなく、「あっても大丈夫なんだ」と受け入れることも大切だと学びました。

演奏を通じて得られた、本当の自信

「人前で失敗するのが怖い」というコンプレックスと向き合い、それを乗り越える過程で、私は演奏技術だけでなく、心の持ち方や物事の捉え方において大きな変化を遂げました。完璧でなくても良い、失敗は学びの機会である、そして何より演奏を楽しむことが最も大切だということに気づけたのは、大きな収穫でした。

この変化は、演奏活動だけでなく、仕事や日常生活における様々な困難やプレッシャーに対する向き合い方にも良い影響を与えています。必要以上に自分を責めることが減り、挑戦することへのハードルが下がりました。

もし今、「人前で演奏するのが怖い」「失敗が怖くて踏み出せない」と感じている方がいるならば、一度立ち止まって、なぜ自分が演奏をするのか、その根源的な理由を思い出してみてほしいと思います。そして、完璧を目指すのではなく、「楽しむこと」に少しだけ意識を向けてみてはいかがでしょうか。あなたの演奏は、あなたが思う以上に、きっと誰かの心に響くはずです。