「『好きな曲が弾けない』挫折感。憧れの曲を目標にしたら、練習の意味が変わった話」
好きな曲への憧れが、いつしか重い壁に
楽器を始めたきっかけは、人それぞれかと思います。私の場合は、特定の「この曲が弾きたい！」という強い憧れでした。その曲との出会いが、楽器を手にする原動力となり、練習を始める喜びそのものでした。最初は簡単な楽譜で満足していましたが、そのうち原曲通りの演奏に挑戦したい、という気持ちが強くなりました。
ところが、実際にその曲の楽譜や音源と向き合ってみると、想像以上に高い壁があることを痛感しました。速いパッセージ、複雑なリズム、高度なテクニックが求められる箇所がいくつもあり、楽譜を追うだけで精一杯。音源に合わせて弾こうとしても、まるで指が追いつかない、音が鳴らせない。楽譜に書かれている音符が、ただの記号のようにしか見えなくなってしまいました。
「こんなはずじゃなかったのに」 「自分には才能がないんじゃないか」
憧れが深かった分、弾けない現実とのギャップに大きな挫折感を覚えました。練習するたびに「ああ、今日もこの部分は弾けないな」と感じ、楽しかったはずの時間が、コンプレックスを刺激される苦痛な時間へと変わっていきました。他の人がその曲を鮮やかに演奏しているのを聴くと、尊敬する気持ちとともに、自分への失望感も募りました。「どうして自分はこんなに弾けないんだろう」と、他人との比較の中で自信を失っていきました。
「いつか弾ける」を目標にする、ということ
そんな停滞期を過ごしていた頃、あるベテラン演奏家の方とお話しする機会がありました。私が「憧れの曲があるけれど、難しすぎて全然弾けません」と打ち明けると、その方は「すぐに弾けなくても良いんですよ。大切なのは、『いつか弾けるようになりたい』という気持ちを、練習の真ん中に置くことだと思います」とおっしゃいました。
それまでの私は、練習の成果を「今すぐ」求めていたのかもしれません。「今日の練習で、この部分が弾けるようにならなければ意味がない」という考え方でした。しかし、「いつか弾ける」を目標にする、というのは、長期的な視点を持つということでした。
そこで私は、考え方を変えることにしました。憧れの曲を「今すぐクリアすべき課題」ではなく、「ずっと先にある、目指すべき頂上」として捉え直したのです。そして、その頂上にたどり着くために、今、自分に何ができるかを考えるようになりました。
目標がある練習は、意味が変わる
憧れの曲を長期的な目標とすることで、日々の練習に対する意識が大きく変わりました。
まず、練習を細分化できるようになりました。憧れの曲を弾くために必要な要素（特定のスケール、リズムパターン、アーティキュレーションなど）を分析し、それらを個別の練習課題として取り組むようになったのです。曲の練習そのものだけでなく、基礎練習にも具体的な意味を見いだせるようになりました。「このスケール練習は、あの曲のあのパッセージを弾くために必要なんだ」「このリズム練習は、あの複雑なリズムをクリアするためだ」というように、一つ一つの練習が目標へと繋がっていると感じられるようになったのです。
また、すぐに弾けなくても落ち込むことが少なくなりました。「今はまだこの段階だけど、目標に向かって一歩ずつ進んでいる」と思えるようになったからです。練習の成果を「曲が完璧に弾けるか」ではなく、「今日はこの部分のリズムが少し安定した」「苦手な指使いが少しスムーズになった」といった、小さな変化に見出せるようになりました。
忙しい日でも、「今日は5分だけ、あの曲の一番好きなフレーズをゆっくり弾いてみよう」というように、目標に触れる時間を作るようになりました。短い時間でも憧れの曲に触れることは、モチベーションを維持する上で非常に効果的でした。
練習が私にもたらしたもの
憧れの曲を目標に据え、練習を続けた結果、すぐに曲が完璧に弾けるようになったわけではありません。しかし、それまでの「弾けないこと」にフォーカスしたネガティブな練習から、「弾けるようになるため」のポジティブな練習へと変化できたことは、私にとって大きな成長でした。
「いつか弾ける」という目標を持つことは、日々の地味な練習に意味と目的を与えてくれました。そして、小さな目標達成を積み重ねることで、「やればできるかもしれない」という小さな自信が生まれました。それは、演奏だけでなく、仕事や日々の生活における困難に対しても、諦めずに粘り強く取り組む姿勢へと繋がっていきました。
まだ憧れの曲を完全に弾きこなせるには至っていませんが、練習を続ける中で、以前は全く弾けなかった部分が少しずつ形になっていくのを実感しています。そして何より、「弾けない」というコンプレックスに縛られるのではなく、「いつか必ず弾けるようになる」という希望を持って、前向きに練習に取り組めるようになったことが、演奏を通して得られた一番大きな変化だと感じています。
もし、あなたにも「難しくて弾けない」と諦めかけている憧れの曲があるなら、それを「いつか弾けるようになるための目標」として、練習の真ん中に置いてみてはいかがでしょうか。目標がある練習は、きっとあなたの演奏に新しい意味を与え、想像以上の変化をもたらしてくれるはずです。