演奏の停滞期。もう無理かも、から変われたきっかけ
終わりが見えない「停滞期」の辛さ
楽器演奏を続けていると、誰もが一度は「停滞期」に直面するのではないでしょうか。どんなに練習しても上達している実感が湧かない、以前は弾けていたフレーズがうまく弾けなくなった、新しい曲に挑戦しても全く歯が立たない。そんな状態が続くと、「もう無理かもしれない」「自分にはセンスがないんだ」と、自信を失ってしまうこともあります。
特に、学生時代のように練習にまとまった時間が取れない社会人にとって、限られた時間での練習なのに成果が出ないというのは、非常に辛いものです。周りの友人が楽しそうに上達しているように見えたり、SNSで華麗な演奏を見かけたりすると、余計に「自分だけ置いていかれている」と感じてしまうこともあるでしょう。この「終わりが見えない」感覚は、演奏を続けるモチベーションを削ぎ、やがて楽器に触れることすら億劫にさせてしまうほど強力です。
「もう無理かも」そう感じていた日々
私も数年前、まさにこの停滞期の真っ只中にいました。新しい職場で忙しく、平日はほとんど練習時間が取れず、週末にまとめて練習しようとしても集中力が続かない。昔から苦手だったスケール練習は、時間をかけても全くスムーズに指が動くようにならず、譜面とにらめっこする時間だけが過ぎていきました。
特に辛かったのは、かつては憧れていた曲を演奏しようとした時です。楽譜を開いても、最初の数ページで心が折れる。音の一つ一つを拾うのも億劫になり、「こんなに弾けない自分が、この曲を演奏できるようになるなんて、一生かかっても無理だ」と絶望的な気持ちになりました。好きな曲を聴いても、「どうせ自分には無理だ」というネガティブな感情が湧いてきて、演奏の楽しさ自体を見失いかけていました。このままでは、好きで始めたはずの演奏が、ただの苦痛になってしまう。そんな危機感を強く感じていました。
変わるための「小さなきっかけ」
そんな「もう無理かも」という状態から抜け出すきっかけは、劇的なものではありませんでした。ある日、何気なく読んでいた音楽関連のコラムで、「上達とは直線ではなく、階段のようなもの。停滞しているように見えても、内側で蓄積している時期がある」という言葉を目にしました。その時はピンとこなかったのですが、別の記事で「スランプの時は、一旦立ち止まって『なぜ弾きたいのか』を考え直すのも良い」というアドバイスを見つけ、ハッとしました。
それまでの私は、「上達しなければ」「難しい曲を弾けるようにならなければ」という「べき論」に囚われていました。しかし、そもそも私が演奏を始めたのは、「音を出すこと」自体が楽しいから、好きな曲を「自分の手で奏でてみたい」と思ったからです。いつの間にか、その純粋な気持ちを忘れてしまっていたことに気づいたのです。
思考を転換し、行動を変える
この気づきを得てから、私はいくつかの行動を試みました。
- 目標の再設定と細分化: 「あの曲を完璧に弾く」という遠すぎる目標ではなく、「この一週間で、この4小節だけはゆっくりでも正確に弾けるようにする」「今日は苦手な〇〇の練習ではなく、好きな曲の一番簡単な部分だけを楽しく弾く」というように、超短期・低負荷の目標に変えました。クリアしやすい小さな目標は、成功体験を積み重ね、少しずつ自信を取り戻す手助けとなりました。
- 練習時間の「質」に焦点を当てる: 忙しい中で無理に長時間練習するのをやめ、たとえ15分でも、集中して音と向き合う時間を作るようにしました。指の動きだけでなく、音色や響きを意識することで、短い時間でも「弾いている」という実感を得られるようになりました。
- 聴く音楽の多様化: 練習する曲だけでなく、様々なジャンルや楽器の音楽を聴くようにしました。これは直接的な練習ではありませんが、新しい発見があったり、純粋に音楽を楽しむ気持ちを取り戻したりする上で非常に効果がありました。
- 完璧主義を手放す勇気: ミスを恐れず、たとえつっかえても最後まで弾ききる、ということを意識しました。「完璧に弾けなくても、音を楽しむことはできる」という考え方にシフトしました。
停滞期が教えてくれたこと
これらの小さな変化を積み重ねるうちに、少しずつですが、演奏に対する向き合い方が変わっていきました。相変わらずスムーズに弾けない部分はありますし、難しい曲がすぐに弾けるようになったわけではありません。しかし、「弾けない自分」を否定するのではなく、「今はまだ、練習が必要な段階なんだな」と客観的に捉えられるようになったのです。
停滞期は、単に上達が止まる時期ではありませんでした。それは、自分がなぜ演奏しているのか、どんな演奏がしたいのか、そして自分自身の演奏に対する向き合い方を見つめ直すための、大切な時間だったのだと今は感じています。コンプレックスや焦燥感に囚われていた時には見えなかった、「音を出すことの楽しさ」「音楽と向き合う静かな喜び」を、この停滞期を経て再発見することができたのです。
もし今、あなたが演奏の停滞期に悩み、「もう無理かも」と感じているとしたら、それは決して一人ではありません。そして、それは終わりではなく、もしかしたら新しい始まりの合図かもしれません。上達だけにとらわれず、なぜあなたは演奏をしたいのか、どんな音が好きなのか、静かに自分に問いかけてみてください。きっと、演奏を続けるための、あなただけの「理由」や「きっかけ」が見つかるはずです。