「楽譜がないと何もできない」そう思っていた私が、耳コピとアレンジで演奏の可能性を広げた話
「楽譜がないと何もできない」そう感じていた日々
私は長年、楽器を演奏すること自体は好きでしたが、ある大きなコンプレックスを抱えていました。それは、「楽譜がないと何もできない」ということです。
クラシック曲や既存のスコアがある曲は、時間をかけて練習すればそれなりに弾けるようになります。しかし、ふと耳にした曲をすぐに楽器で追ってみたり、簡単なアレンジを加えてみたり、楽譜に書かれていない部分を自分で考えて弾いてみたりする、いわゆる「自由な演奏」が全くできませんでした。
セッションに参加しても、知らない曲がかかるとただ立ち尽くすだけ。好きなアーティストのライブで、CDとは違うアレンジで演奏されても、楽譜がないから対応できない。そんな状況が続くと、「自分はただの楽譜を読む機械なのではないか」「音楽を心から理解していないのではないか」という思いに囚われるようになりました。
特に、周りに耳コピがすぐにできたり、コード譜を見て自由に演奏できたりする人がいると、その差に愕然とし、ますます自分の「楽譜依存」を情けなく感じました。「自分にはセンスがないんだ」と諦めかけ、演奏に対するモチベーションも少しずつ失われていきました。
コンプレックスを乗り越えるための小さな一歩
このままでは、演奏を続ける意味を見失ってしまうかもしれない。そう感じた私は、この「楽譜がないと何もできない」というコンプレックスをどうにかしたいと強く思うようになりました。
とはいえ、何から始めれば良いのか分かりません。まずは、簡単なメロディーを耳コピすることから試みました。子供の頃に習った簡単な童謡など、構造がシンプルで音数が少ない曲を選びました。しかし、最初はどうしても音が正確に聞き取れず、楽器で音を探すのにも時間がかかり、すぐに嫌になってしまいました。
次に試みたのは、コードの勉強です。複雑な理論書ではなく、まずは基本的なコードの押さえ方や、よく使われるコード進行パターンを覚えることから始めました。これも最初は頭に入らず、挫折しそうになりましたが、好きな曲のコード譜を見ながら「この音がこう変わるのか」と少しずつ理解を深める努力を続けました。
大切なのは、「完璧を目指さないこと」だと気づいたのは、色々な情報に触れるうちでした。最初から複雑な曲を耳コピしようとしない、最初から完璧なアレンジを作ろうとしない。まずは簡単なフレーズや、曲の一部分だけでも良い。間違えても良い。そう考えるようになってから、少し肩の力が抜けました。
具体的なアクションとしては、以下のようなことを実践しました。
- 簡単なフレーズの耳コピ: 好きな曲のサビなど、短いフレーズに絞って繰り返し聞く。
- コードの基礎練習: 基本的なコードを覚え、簡単なコード進行に合わせて弾く練習をする。
- 音楽理論の超入門: 専門書ではなく、ウェブサイトや動画で「なぜこのコードの後にこのコードが来るのか」といった基本的な仕組みを学ぶ。
- 既存のアレンジを真似る: 好きな曲のカバー演奏などを聞き、どこが原曲と違うのかを分析してみる。
- 自分の演奏を録音して聞く: 耳コピしたフレーズや簡単なアレンジを録音し、客観的に聞いて確認する。
思考の変化と演奏の広がり
これらの地道な努力を続けるうちに、私の考え方にも変化が表れてきました。以前は楽譜がなければ不安で仕方ありませんでしたが、「楽譜はあくまで一つの情報源であり、音楽の全てではない」と捉えられるようになりました。
また、耳コピやアレンジの練習を通して、それまで気にも留めなかった音の動きやコードの変化に気づくようになり、音楽をより深く、立体的に感じられるようになったのです。これは、楽譜を追っているだけでは得られなかった感覚でした。
失敗も数えきれないほど経験しました。耳コピした音がどうしても合わない、考えたアレンジがどう聞いても格好悪い。でも、その度に「なぜ合わないのだろう」「どうすれば良くなるだろう」と試行錯誤する過程そのものが、演奏力を高めることにつながっていると実感するようになりました。
演奏がもたらした新しい可能性と自信
「楽譜がないと何もできない」というコンプレックスは、完全に消えたわけではありませんが、以前ほど私を縛り付けるものではなくなりました。簡単な曲であれば耳コシでメロディーを追えるようになり、基本的なコード進行であれば楽譜がなくても伴奏をつけられるようになりました。
何よりも大きな変化は、演奏することに対する意識です。以前は「楽譜通りに正確に弾くこと」が唯一の目標のように感じていましたが、今は「音楽を表現すること」「自分なりの音を見つけること」に楽しみを感じるようになりました。セッションに誘われても、以前のような強い恐れはなくなり、知っているコード進行に合わせて簡単なフレーズを弾いてみたりと、少しずつ参加できるようになりました。
このコンプレックスを乗り越えようと試みた経験は、演奏だけでなく、他の様々な場面でも私に自信を与えてくれました。「自分にはできない」と決めつけず、小さな一歩から試行錯誤を繰り返すことの大切さ、そして、努力の積み重ねが必ず自分自身の可能性を広げることを学びました。
もし今、「楽譜がないと何もできない」「自由な演奏なんて自分には無理だ」と感じている方がいらっしゃるなら、諦めないでください。まずは、本当に簡単なメロディーを一つ、楽器で探すことから始めてみませんか。完璧を目指さず、音を楽しむ気持ちを忘れずに。きっと、あなたの演奏の可能性も、思っている以上に広がっていくはずです。