「上手くならなくてもいい」そう思えたとき、演奏の継続が私にもたらした変化
練習しても「変わらない」日々。結果が出ない辛さ
私は会社員として働く傍ら、細々と楽器を続けています。学生時代からのブランクを経て再開したのですが、以前のように自由な練習時間が取れない中で、なかなか上達しないことにずっと悩んでいました。
毎日少しずつでも楽器に触れるようにはしていましたが、成果が目に見えて現れないのです。昔の自分や、同年代の他の演奏者と比べては、「なぜ自分はこんなに上達しないんだろう」「センスがないのかもしれない」と落ち込む日々でした。SNSでキラキラした演奏動画を見るたびに、劣等感が募り、「練習しているのに、何も変わらない」という停滞感に苦しんでいました。
忙しい中でやっと確保した練習時間なのに、思うように弾けないと徒労感を感じ、「もうやめてしまおうか」と何度も思いました。何のためにこんな辛い思いをしてまで、楽器を続けているのだろうか。そんな疑問が頭から離れませんでした。
「上手くならなくていい」視点を変えるきっかけ
そんな状態がしばらく続いたある日、古い友人と音楽の話をする機会がありました。その友人も、私と同じように働きながら音楽を続けていたのですが、彼の言葉にハッとさせられたのです。
彼は「もちろん上手くなりたい気持ちはあるけど、それだけが全てじゃないよね。ただ音を出している時間が好きとか、曲の世界に浸るのが心地よいとか、そういう時間そのものが大切なんだと思うようになったんだ」と話していました。
その言葉を聞いて、私は自分の考え方がいかに「上達」という一点に縛られていたかに気づきました。評価されること、目標を達成することだけが演奏の価値だと無意識のうちに考えていたのかもしれません。でも、楽器を始めた頃は、ただ音が鳴るのが楽しかったり、好きな曲を弾けるようになりたいという純粋な気持ちだったはずです。
「上手くならなくてもいい」。その言葉が、凝り固まっていた私の心をゆっくりと解きほぐしてくれました。もちろん、上達を目指す気持ちがなくなったわけではありません。ですが、「今、この瞬間の演奏を楽しむこと」「結果ではなく、過程そのものに価値を見出すこと」に目を向けてみようと、考え方を変えてみたのです。
継続がもたらした静かな変化
考え方を変えてからの練習は、劇的に変わったわけではありませんが、以前のような焦りや自己否定感は薄れていきました。「今日はこの音を綺麗に出してみよう」「このフレーズの歌い方を工夫してみよう」というように、小さな目標に焦点を当てるようになりました。
また、たとえ15分でも30分でも、楽器に触れること自体を大切にするようになりました。短い時間でも集中して音と向き合うことで、日々の忙しさから解放され、心を落ち着かせることができる時間になったのです。それは、誰かに評価されるためでも、劇的に上達するためでもなく、ただ自分自身のために楽器を演奏する時間でした。
驚いたのは、そうして「上手くならなくてもいい」と思いながら気楽に続けた結果、かえって以前よりもスムーズに弾けるようになったり、音色に深みが出たり、といった小さな変化を感じられるようになったことです。結果を求めすぎないことで、かえってリラックスして楽器と向き合えるようになったのかもしれません。
そして何より大きかったのは、内面的な変化です。上手くならない自分を責める代わりに、「今日も楽器に触れられた」「少しでも前に進めた」と自分を肯定できるようになりました。コンプレックスだった「上達しない自分」も、「これが今の自分なんだな」と受け入れられるようになったのです。演奏は、他人と比較するためのツールではなく、自分自身と向き合い、心を整えるための大切な時間になりました。
続けることそのものに価値がある
もし今、あなたが「練習しても結果が出ない」「なかなか上手くならない」と悩んでいるなら、一度「上手くならなくてもいい」と考えてみてはいかがでしょうか。結果が出なくても、あなたが楽器に触れている時間そのものには、きっと何らかの価値があるはずです。
たとえゆっくりなペースでも、立ち止まってしまっても、楽器を「続ける」という選択そのものが、静かにあなた自身を変えていく力を持っていると、私は演奏体験を通して実感しています。演奏は、上達だけが全てではありません。音が自分を満たす時間、曲を通して世界と繋がる時間、そして何よりも、自分自身であり続けるための時間。そうした演奏の多様な価値に目を向けられたとき、あなたの音楽との付き合い方は、もっと豊かになるかもしれません。