#演奏で変わった私

「『昔は弾けたのに…』ブランク後の再開でぶつかった壁を乗り越えた話」

Tags: ブランク, 楽器再開, コンプレックス克服, 社会人演奏, モチベーション維持

ブランク後の演奏再開、それは「過去の自分」との比較から始まった

仕事や生活の変化をきっかけに、楽器から一時的に離れてしまうことは、多くの社会人演奏者が経験することかもしれません。私もご多分に漏れず、数年のブランクを経て、再び楽器を手にすることになりました。

「よし、また始めよう」という気持ちで楽器ケースを開けたとき、最初は純粋なワクワク感がありました。しかし、実際に音を出してみると、現実は想像以上に厳しいものでした。指は思うように動かず、昔は軽々と吹けたフレーズが鳴らせない。出したい音色が出せず、楽譜を目で追うことすらおぼつかない。

最も辛かったのは、「昔の自分はもっと上手かったはずだ」という事実を突きつけられたことです。脳裏には、ブランク前に弾けていた頃の自分の姿が鮮明に残っています。それと今の自分を比較するたびに、強い劣等感と、後退してしまったことへの焦りを感じました。まるで、時間が巻き戻り、スタート地点に戻ってしまったような感覚でした。

「失われた時間」への焦りと、新しい自分への向き合い方

ブランクを取り戻そうと、最初は昔と同じように長時間練習を試みました。しかし、仕事で疲れた体には堪えますし、何より「昔のレベルに戻らなければ」というプレッシャーが、演奏から「楽しさ」を奪っていきました。練習のたびに過去の自分との差を感じ、「どうしてこんなに下手になったんだろう」「もう二度と昔のように弾けないのかもしれない」と、自己否定的な感情に支配されるようになりました。

この「昔の自分に追いつけない」という壁は、技術的な問題だけでなく、精神的なコンプレックスとして私の前に立ちはだかりました。かつては演奏が自己肯定感の一つだったのに、ブランク後は逆に自信を失う原因になってしまったのです。

しかし、ある時ふと、「なぜ、そこまで昔の自分にこだわるのだろう?」と考えるようになりました。ブランク前の私も今の私も、確かに同じ人間です。でも、経験してきたこと、体も心も変化しています。昔の自分に「追いつく」というのは、過去の栄光にしがみついているだけではないか。今の自分にできること、今の自分だからこそできる表現があるのではないか。

この考えに至ってから、私の演奏への向き合い方が少しずつ変わり始めました。

「昔」ではなく「今」の自分と向き合う練習へ

まず、無理な長時間練習をやめ、短い時間でも集中できる方法を模索しました。基礎練習も「昔の自分はできたからやらなくていい」ではなく、「今の自分の体に必要な準備運動」として捉え直しました。簡単なフレーズをゆっくり丁寧に弾くことから始め、少しずつ指や体の感覚を取り戻していきました。

次に、「昔の自分」という比較対象を手放す努力をしました。過去の演奏動画や録音をあえて聴かないようにし、代わりに「今日の自分が昨日よりも少しでも良くなったか」という、小さな変化に目を向けるようにしました。例えば、特定の音程が安定するようになった、特定の指使いがスムーズになった、といった些細なことでも、「できたこと」として認める習慣をつけました。

また、ブランク前に弾いたことのない新しい曲に挑戦するのも有効でした。「昔の自分なら簡単に弾けたはずなのに」という過去の経験が邪魔をしないため、純粋に楽譜と向き合い、今の自分の力で楽曲を構築していくことに集中できました。新しい曲に挑戦し、それを少しずつ形にしていく過程で、「今の自分でもできること」がある、という小さな自信を積み重ねることができたのです。

そして最も大きかったのは、演奏すること自体を楽しむ気持ちを思い出したことです。上手い下手に関わらず、ただ音を出すこと、音楽を感じることの喜びを再認識しました。「完璧に弾く」ことよりも、「楽しく弾く」ことを優先する。そう考えられるようになってから、練習に向かう足取りが軽くなりました。

ブランクは終わりではなく、新しい始まりだった

ブランクを経て演奏を再開し、「昔の自分」という強敵にぶつかった経験は、私にとって大きな転換点でした。最初は失われた時間への焦りや、過去の自分との比較によるコンプレックスに苦しみましたが、そこから目を背けずに、一つずつ今の自分と向き合うことの大切さを学びました。

「昔は弾けたのに」という思いは、確かに過去の努力や経験の証です。しかし、その思いに囚われすぎると、新しい可能性を閉ざしてしまうことにも繋がります。ブランク期間も、演奏から離れて得た経験も、全てが今の自分を形作っています。

今、私の演奏はブランク前と全く同じではありません。もしかしたら、技術的にはまだ追いついていない部分もあるかもしれません。しかし、昔とは違う音楽への向き合い方、自分の体との付き合い方、そして何より「今の自分を受け入れる」という心持ちを身につけることができました。それは、ブランクがなければ得られなかった、かけがえのないものです。

もしあなたが今、ブランクを経て演奏を再開し、「昔の自分に追いつけない」と悩んでいるなら、それは決して後退ではありません。それは、これからの新しい音楽人生のスタート地点に立っているということです。過去の自分を否定するのではなく、今の自分だからこそできる演奏を、楽しんで追求してみてください。きっと、ブランク前とは違う景色が見えてくるはずです。